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千円札の骨董商

奈良を拠点に全国を駆け回る若手骨董商、
中上修作によるビギナーのための骨董案内。
ただし買いつけ予算は◯千円。
札束をふりかざすことなく
毎夜の伴侶を射止める秘訣、
滋味深き酒器の愉しみを綴ります。

千円冊の骨董商01 / 2014.05.16 大阪市北区「ギャラリー はこ益」

みなさんは「骨董」というとどんなイメージを思い浮かべるのだろう。「高い」「偽物を掴まされる」「店の主人が恐い」などなど、大半の人はダーティーなイメージを持っているのではなかろうか。かつては筆者もそうだったし、骨董市では買っても「骨董店」では買わなかった。いや、買えなかった。
しかし、それはとんでもない間違い。敷居の高そうな骨董店にこそ「◯◯円で買えるものはありますか?」と尋ねてみるといい。誠実な店主であれば、微笑みながらあなたの嗜好を確認し、適当な品を数点用意してくれることだろう。
そもそも骨董には定価はなく、現在生産されているものよりもずっとクオリティーが高く、しかも安価という「真のバリュー感」があるものも少なくない。これはわたしがこのシゴトで食べていくようになった時に確信したことのひとつである。
この連載ではわたしが好きな「酒器」に的を絞り、その界隈では評判の高い骨董店に「真のバリュー感」を探しに出た、小さな旅日記である。あなたがこれを読むことで、少しでも骨董を身近に感じてくれればうれしい。 さぁ、千円札を握りしめ、街へと繰り出そう!

「真のバリュー感」を探しに

中上 (店のガラス戸を押しながら)やぁ、ご無沙汰しております。
辻川 どうも、どうも。しばらくでしたな。商売は順調ですか?
中上 はい、何とかやっております。ところで辻川さんのお店で開催してた「めし碗とお手塩皿セール」はいかがでした?
辻川 いや〜、それこそ店の中がめし碗だらけでしたわ。数は3百個以上並べましたんでね。それこそ時代は江戸時代から昭和初期まで、値段は5百円から5千円の範囲にしとったんやけど。「安かったらなんでもええ」というわけにもいかへんし。
中上 ナルホド、ナルホド。
辻川 でも5千円の茶碗がいちばん商売的にはキツかったですな。5千円のは1万円以上でも売れるようなものをサービスで圧縮してるわけやからね。仕入れが合えばよろしいねんけど、そんなのはないですわ。ほとんどが原価割れ。
辻川 例えば、江戸時代の麦藁手(*1)の茶碗なんてのは昔に高うに買うてるんでね。いくら直し(*2)があるとはいえ、ね。
中上 今の若い人は金継ぎがしてある器を「味わい」と見る方も多いんで、ふだん使いの茶碗なら十分だし、随分とお買い得ですよね。

*1 麦藁手(むぎわらで) 江戸時代に流行した縦縞文様。太い線と細い線を交互に引くのが定型だが、様々なパターンが存在する。
*2 直し 器の修復のこと。欠けや割れを漆と金粉などを蒔いて仕上げる蒔絵系の金継ぎ、顔料を使用して破損箇所を目立たなくさせる共直しなどがある。

「はこ益」という店名の由来

はこ益(はこます)の店主、辻川さんとは毎月行われている骨董の朝市で出会った。長身で毎回シックな色目のステンカラー・コートに身を包み、ゆっくりと歩を進める。ダンディーな辻川さんが手に取る品物は何気ないものだけれど何かキラリと光るものが多く、同じ店を先に見ているはずなのに、辻川さんが手に取る品物は決まって良く見える。自分の審美眼のなさを痛感し、また辻川さんの確かな眼に感服する瞬間である。

中上 ところで「はこ益」という店名の由来は?
辻川 僕の家業がお爺さんの代から運送用の箱をつくる仕事をしてまして。箱は発注があってから図面書いて特注でつくっとったんです。時代は日露戦争の頃で、僕の爺さんが海軍に所属しておったんですね。そこで梱包の技術を習得してきまして。話は脱線するけど、ロジスティック、って今やと運送業の総称みたいになっとるけど、あれはもともと武器輸送のことなんです。
中上 物騒ですね……。
辻川 昔は梱包、ゆうたら武器輸送ぐらいしかなかったですから。で、僕は学校で建築をやってたんで建築屋に勤めてたんやけど、親父が亡くなった時をきっかけに実家へ戻ったんですよ。その時「何しよかな~」って考えたとき、自分が集めてきた骨董がぎょうさん(たくさん)あったんでね。これをいっちょ売ってみるか、と。
中上 相当数をお持ちだったんですね。
辻川 そうやね。でも最初は骨董屋にはなりたくなかった。もともとは趣味みたいなもんやったし、ユーザーとして買ってる方が楽しいしね。昔から(骨董の)露天をウロウロするのは好きでしたよ。骨董の先生はおらんねんけど、酒が好きやから呑みやすそうな酒器があったら、つい買うてしまっとったね。で、せっかくやから店の名前を継ごうと思ったんです。親父の店の名前が「辻川梱包工業所」と言うんですけどね、骨董屋でそのまま「辻川」やったらなんか料理屋みたいでしょ(笑)。
中上 確かに(笑)。割烹みたいですね。
辻川 ある日、辻川梱包工業所の看板を見たら「箱・益」って書いてあったのに気がついたんです。そこで閃いたんですけども、「箱益」って全部漢字やったら(字面が)重いし「箱」という漢字を開いて「はこ益」にしようと。「益」という漢字は縁起もええしね。
中上 いやあ、それは覚えやすいしこの店の雰囲気に合ってますよね。僕は最初、升(益)酒と掛けたんと違うか、と思ってたんです。
辻川 あ、それは気づきませんでしたわ。今後使わせてもらいます(笑)。

日本人ほどブランドが好きな民族もおらんね

はこ益は古美術店ではあるが、気楽に入れる店である。先述のような催しもたびたび行い、比較的若い世代や女性客も多い。品の確かさはもちろんのこと、なんといっても辻川さんのお人柄が素晴らしいのだ。

中上 今日の趣旨は千円札で買える酒器なんですが(と、店内を見回す)。
辻川 しかし、日本人ほどブランドが好きな民族もおらんね。「あの人が持っとるから」「あの本に載ってたから」と高騰したもんばっかり追いよる。また業者は業者で「最近はいいものが出なくなった」と嘆くけれど、それは自分が欲しいもんばっかり追ってるからでしょ。違います?
中上 そうですよね。マニアックになりがちというか。
辻川 足もとを見ればもっとおもしろい世界が広がっているのにね。これはもったいない話や、と。
中上 (窓際の棚板に眼を移して)このガラス杯、きれいですね。大正〜昭和期のものですか?
辻川 うん、そんなところやね。この小振りな感じも絶妙でしょ。
中上 はい、口が葉反りになってて呑みやすそうですね。値段は……(と裏返すと)え!? 2千5百円?
辻川 瑕(きず)もないし、ガラスも気泡が入っててなかなか味があるでしょ。
中上 う〜ん、第1回目からいい出会いがありました。今日はこれをいただきます!
辻川 おおきに。そうそう、これだけは書いといて。日本酒って造るのに相当な手間ひまがかかっとるんやけど、居酒屋に行くとしょーもない杯が出てくるでしょ。杯は酒と呑む人を繋げるものやから、3千円の日本酒を呑むんやったら、せめて3千円くらいの杯で呑まないと日本酒や醸造している人に対して失礼ですよ。

晩酌にて

やっぱりガラスの酒器は冷酒にいいな。今日は福岡の名店「吉冨寿し」が出している酒を呑んでいるけど、少し琥珀がかった液体が昔ガラスの曲線と相まって、すごくきれい。あと、ガラス杯の魅力はその口当たりにあると思う。つるんと唇にやさしく、なおかつ酒の切れが抜群。この少し小さなサイズもいいね。はこ益の辻川さんも「杯は大振りなのも豪快でよろしいけども、いい酒は小さい杯に限るんですわ。なんかこう、酒の有り難みが違う」って言ってましたね。うん、いい買い物ができました。

ギャラリー はこ益 大阪市北区西天満1-10-1 秋田ビル1F
(大阪弁護士会館裏通り)
06-6364-9822
営業時間 : 13:00〜19:00(日曜日 12:00〜17:00)
定休日:水曜日/祝日
http://www.hakomasu.com/

中上修作Shusaku Nakagami
1973年奈良生まれ。京都造形芸術大学 環境デザイン学科卒業。東京での職を経て2011年に古物のオンラインショップ、Bon Antiques(ボン・アンティークス)を開業。オンライン販売を礎としながらも、折々に企画展を全国各地で展開。2013年11月には実店舗、古美術中上を奈良国立博物館前に開店。現代の生活に適した調度品を提案している。また、大の音楽好きであり、古物商と併行しながらラジオの選曲やライナーノーツの執筆なども手がけている。
古美術 中上:nara-nakagami.com

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