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出禁のマナー

BARのマスターが指南する、逆マナー教室。
深夜の街にはびこる愛すべき酔っぱらいたち。
彼らへの愛憎〜まさかのエピソードから学びたい、
僕らのグラスの角度と去り際。

出禁のマナー01 / 2014.05.16 世田谷区自由が丘「バードソングカフェ」

自由が丘。「スウィーツ観光地」というイメージのあるこの街だが、夜の顔はといえば、東京屈指の「バー激戦区」。今回のお店のマスター、梅澤さんも、それを知りつつ開業を決めたMUSIC BARの10年選手だ。
曰く、「もともとは中目黒で営業してたんだけど、あの街のお客さんが一軒で長く飲むのに比べて、なぜかこの街はハシゴ酒の文化が強い。本当にいろんなお客さんが入ってくるから楽しくてね」 だったら聞いてみよう、僕らが学びつつ、決してマネしてはいけない「出禁のマナー」というやつを。

「だからここは安心して飲みにこれる」という評価

 うちは結構キビしい方だと思うよ。基本的に酒の飲み方を知らない人は出禁にしちゃう。極端にグチっぽかったり、恋愛のゴタゴタを持ち込んだり。仕事でも恋愛でも、外でうまくいかなかったものが酒の席でうまくいくことなんてないんだからさ、そういう人は「ちょっと可哀想かな」と思っても「よそでやってよ」って。
 ウチみたいな小さなBARにとって大切なのは、いかに居心地のいい雰囲気を維持できるか。たとえばマナーの悪い客を座らせたままにして、言わせたいだけ言わせたとするよね。当然そこに居合わせた常連さんは「マスター大変だねぇ」と同情してくれるけど、それが何度も続くとなると、最後は「マスターがしっかりしないからダメなんだ」ってことになるでしょ?
 ずいぶん前にある客が「もうプレイヤーがなくて聴けないから」って自分のレコードを持参するようになったんだけど、最初は「これお願いできますか?」って態度だったのが、だんだんと「なんで俺の曲がかからねぇんだよ。こっちは客だぞ」とエスカレートしていった。甘えるにもほどがあるよね。その時はカウンター越しに怒鳴り上げたから、ほかのお客さんもビックリさせちゃったけど、結局はそれが「だからここは安心して飲みにこれる」という評価につながる。そこは長い目で見ないといけないんだ。

店内で暴れて背負い投げ

 出禁がきっかけで店を潰しかけたこともあるよ。あるお客さんに気に入ってもらえて、その人と遊んでるグループ全員が常連になってくれたんだけど、そのうちのひとりが、仲間の女の子が終電を逃しそうなのを知ってて、わざとトイレに篭ったりするような奴だったの。口では「粋でありたい。呑ん兵衛のプロになりたい」みたいなことを言うんだけど、とにかく飲み方がかっこ悪いんだ。結局最後はグループの三角関係のもつれで悪い酒になって、店内で暴れて、俺に背負い投げされた(笑)。
 そこで自分はそのグループ全員を出禁にしちゃったんだよね。連帯責任として。そしたら月30万ぐらいのまとまった売上が全部なくなってね。
 でも、今思えばそれも必要なことだったと思ってる。あの当時に事情を知って助けてくれたお客さんは、今でもうちの常連だしね。
 そういう意味では、お客さんに守られながら、お客さんの「いい時間」を守るというのがBARの役割なのかもしれないね。

ホストを育てるコースター

「いい時間」をつくるためには、このコースターが重要。これは音楽の趣味が近そうな常連同士とか、同郷のお客さんというのを仲よくさせるための道具。彼らが店に入ってきた瞬間に「たぶんここに座ったら楽しいよ」という意味を込めて、先にコースターを置いてしまう。こっちで座ってもらう位置を決めちゃうのね。同じ顔でも並びによって場の雰囲気はまったく変わってくるから、顔を見てからの10秒というのはすごく大事。ひとりで飲みたそうな客は離れた席に案内できるし、ゆっくり話したそうなグループはテーブルに座ってもらえるし。
 やっぱりお客さん同士が意気投合してくれるというのは、ひとつの理想だと思う。お互いがお互いのホスト、ホステスになっているという状態だね。

こだわり=感受性

梅澤さんセレクトのバードソング・クラシックス。アメリカン・ロック~SSW~ブリティッシュ・トラッドをメインに幅広い選曲。写真中央のアンドウェラ『ピープルズ・ピープル』は、まだインターネットのなかった時代、トレードにより苦労して入手した思い出の1枚なのだとか。

 こんな店にきてくれるお客さんだから、音楽にしろ映画にしろ、自分なりのこだわりを持っている人が多いわけだけど、おもしろいことに、こだわりが強ければ強いほど、面倒なことにはならない。こだわりっていうのは感受性のことでしょ。感受性が高い人っていうのは人に自分の趣味だけを押しつけることもないし、初めて聴く音楽であったり全然知らないジャンルの話にもついていける余裕があるわけだ。アンテナの感度がいいから、おのずと聞き上手にもなるんだろうね。
 そういえば「バードソングカフェ」という看板を見て、バード・ウォッチャーのオジサンが入ってきたこともあってね。その人の話がすごくおもしろいんだ。さすがに専門用語なんかはわからない。でもみんなで「鳥の業界にも洋楽派/邦楽派みたいな派閥があるんですね」って(笑)。その人もその人で「こんなに楽しい店はない!」と喜んでくれて、そこからロックBAR探訪に目覚めて、今では自分の撮った貴重な写真のスライドを見せながら(レナード・コーエンの)「バード・オン・ザ・ワイヤー」をかけてもらうようなイベントまでやってるみたい(笑)。
 僕はそういうオープンな場が好きだし、そういうサロン(社交場)の店主でありたいと思うんだよね。

 ……中にはそんな自分の気持ちを粉々にするような、モンスター・クラスの出禁もいるわけだけど。

寸借詐欺の名手!

 Iは東京のロックBAR業界では有名な奴。カルトな映画にも詳しいし、音楽もプログレからワールド・ミュージックからなんでも聴くの。でも病的に酒が好きで、失敗ばかりしてるから家がないんだよ。だから人の家を泊まり歩いて、そのたびにお金を借りたり、隣の席のお客さんと仲良くなって会計をごまかしたり、とにかくギリギリの状態で酒を飲んでる。いつも「財布盗まれた!」って言ってね。
 この人は新宿界隈の飲み屋を軒並み出禁になってウチに流れてきたんだけど、僕は騙されないから、きっちりお金はもらった。でもCDを盗まれちゃったんだよね。自分がトイレにいってる間にやられた。なんせ目は利くからさ、いいのを選んで持っていくんだよ。しかもそれを次の店に持ち込んで、「もしかしてマスターこういうの好き? じゃああげるよ」ってその人を信用させちゃう。ひどいよね。そうやってごっそり持ち帰ったCDを中古盤屋さんに売って足がついたこともあるらしいね。被害にあった店のホームページには出頭命令と顔写真まで載ってたもん(笑)。

酒乱のチャンピオン! ある意味上客?

 Kは最近じゃいちばんの名物男。もともとはミュージシャン志望の九州人。今は土建屋の親方に落ち着いて、いつも現場の近くの居酒屋を荒らしてる。
 服もそのままで、上はタオル、下はニッカボッカ。最初に来た時は水漏れでも起きたのかと思った。飲むとすぐに下品な言葉を叫び出すわキス魔だわで最悪なんだけど、どこか憎めないところもあってね、工具がたくさん入った鞄を忘れていって、翌日に「あのぉ〜」って取りにきたこともあった。当然「うちにはもうきちゃダメだよ」って出禁にしたんだけど、ある日見慣れない若者ふたりが入ってきて「ひとり遅れてきます」っていうから、もしやと思ったら、やっぱり(笑)。いつのまにか真ん中に座ってる。
 だから、基本はシャイなんだろうね。邪悪じゃないし、凶暴でもない。ただ、だからといって見逃していると店は成り立たないから、僕はそのぶんお金を取っちゃう。もともと気前はよくて「大将、俺にもいいカッコさせてくれよ」なんて言うもんだから、「あっちのお客さんにも少し置いてけよ」って2万円ぐらいふんだくる。で、帰った後に「彼から1杯ずつ奢りです!」って盛り上げちゃう。そうすることで悲劇は喜劇になるし、迷惑な酒乱は「一度は見てみたい名物男」になる。BARを続けるにはそういうポジティヴさも必要だね。

小鍋のお湯は、嵐のサイン

 あとは「穏やかな出禁」というのもあるかな。うちは小編成のライヴや落語のイベントもやってるんだけど、あるミュージシャンのおっかけの女の子たちがひどくて、まったく飲んでくれない。「白湯(さゆ)でいいです」って言った客までいるからね。そうなるとリスクが高すぎて、ミュージシャンとしては出禁にせざるをえない。だって通常営業してたほうが儲かるわけだから。

 もちろん出禁をつくらない努力はしてるよ。争いは嫌だし、僕の方だって気分が悪いしね。この熱帯魚の水槽も、同業者からの妬みだったり、ネガティヴな客の生霊だったりを浄化してくれるっていうから置いてる。人間誰にだって、今日はいいことがあった、悪いことがあったという浮き沈みがあるもので、見た目はジェントルなお客さんでも意外な闇を抱えてて、どこかのスイッチで豹変しちゃうこともある。BARの店主にはそこを見抜くだけの人生経験が必要なんだよね。そういう意味では僕もまだまだ修行の身だと思うよ。
 ともかくは、僕がこの小鍋でお湯を沸かしはじめたら注意。火傷しないぐらいの温度にしておいて、いざとなったらぶっかけて「みんな逃げろ!」って(笑)。どんなに強いやつでも熱湯はひるむでしょ。もちろん実際にかけたことはないけどさ、これは常連さんを守るための「音の出ない警報」なんだよね。

Bird Song Cafe 東京都目黒区自由が丘1-25-3 久田ビル B1
03-3725-6687
営業時間:19:00〜26:00
定休日:火曜日/第2・第4水曜日
http://birdsongcafe.sunnyday.jp/

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