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メンターについてゆく

カレーにラーメン、蕎麦やスウィーツ
それぞれのメンター(師匠)たち。
その深い愛情と探究心ゆえ、あらゆる名店を
食べ歩き、ついには偏愛の書までを上梓する
彼らの「もっとも熱いヒトサラ」とは?
頭もお腹も満たされる、いいとこどりの贅沢時間です。

メンターについてゆく01 / 2014.05.16 トミヤマユキコさんと世田谷区上町「亞細亞食堂サイゴン」の「バインセオ」

モノの魅力を伝える際の正攻法は、短く凝縮して表現すること。しかしパンケーキの魅力を簡潔に、というのはとても難しい。
老若男女を魅了し、シンプルで素朴、なおかつゴージャス。食事でもデザートでもあり……う〜ん、やっぱりうまくまとまらない。
それならばと、パンケーキのメンターとして知られる『パンケーキ・ノート』の著者、トミヤマユキコさんに御相談。
待ち合わせはベトナム料理店「亞細亞食堂サイゴン」。お酒に合わせるパンケーキを御紹介頂きつつ、パンケーキへの澄み切った愛、そしてその奥深い魅力について語ってもらいました。

誰もが語りたくなる、間口の広いスウィーツ

─ 表参道・原宿を中心に始まって、まだまだ盛り上がり続けているパンケーキ・ブームですが、そもそもトミヤマさんがパンケーキに魅せられるようになったきっかけというのは?

 友人に誘われて食べに行った錦糸町のレトロ喫茶「トミィ」ですね。そこでひさしぶりに食べたパンケーキの多幸感がハマるきっかけになりました。以来、新幹線や飛行機までを使って北から南まで年間200食ぐらいは食べ歩きました。パンケーキのブームというのは、ハワイの「エッグスンシングス」やオーストラリアの「ビルズ」が入ってきた2010年頃からのものだと思うんですけど、わたしはその前からの趣味というか、それこそライフワークのようにひとり食べ続けていたんですね。だから『パンケーキ・ノート』の書籍化の話が決まったときは、もう取材は7〜8割終了していた状態(笑)。パンケーキの写真も、表紙など数店舗を除いては、自分の記録用に撮っていたものを事後承諾で掲載させてもらったんです。

年間200食のパンケーキを食べても、スレンダーな体型をキープしているトミヤマさん。「間食ではなく、1回の食事として食べているので大丈夫なようです(笑)」

─ 華やかなトッピングが目を惹くものやハムや卵を挟んだお食事もの、そして昔懐かしいホットケーキまで、「パンケーキ」には本当にさまざまなタイプがありますよね。

 そうですね。基本的に小麦粉と牛乳を混ぜて焼くだけのシンプルな料理なのに、お店によって明らかに美味しさに差があるのがおもしろい。パンケーキはお値段も手頃で親しみやすいし、敷居の高いワインなんかと違って、みんなの思い出の中に「比較対象のストック」があるから、誰もが批評家になれるんです。たとえパンケーキに興味のなかった男の人でも、3軒も廻れば自分の好みや傾向を言葉にできますからね。見た目もフォトジェニックだからSNSでの拡散にも向いているし、誰かとシェアしたくなる食べものなんだと思います。あと、フォークとナイフを使って食べるので、まるでステーキを食べたかのような満足感が得られるのもいいですね。ほどよくB級感もあるのに、贅沢な気分も味わえる。そのギャップもおもしろいなと思います。

美味しさの秘密は焼きにあり

─ 美味しいお店に共通する特徴というのはあるのでしょうか?

 焼きが上手だということですね。こだわりの銅板を使っているお店もあれば、家庭で使っているようなテフロン加工のフライパンで焼いているところもありますが、美味しい店であれば、とにかく目を離さずに、パンケーキを育てるように焼いているんです。じっくり焼くにはスペースもとるし、レンジでチンして出せる業務用のものに切り替えて、そのぶんほかの料理をつくったほうが効率も採算もいいはずなんですけど、それでもポリシーを貫くことを選んでいる。手間も時間もかかる手焼きのパンケーキは絶滅危惧種なんですよ。だから『パンケーキ・ノート』では、オーダーしてから焼いてくれるお店を優先して紹介しているんです。

トミヤマさんのパンケーキ愛が凝縮した『パンケーキ・ノート』は3万部を突破。表紙に掲載された南千住「珈琲オンリー」の店主からは喜びを綴った年賀状も届いたそう。

─ 日々新しいお店を開拓されていると思うのですが、特にお気に入りのお店はありますか?

「いちばん美味しいお店は?」と訊かれると難しいけど、「通う頻度が多いお店は?」ということであれば、平井の「ワンモア」かな。このお店は「絶対に同じものはできないよ」という自信からか、レシピを公開してるんですよ。厨房には見慣れた小麦粉が並んでいるし、わたしはいつも厨房が見える席に座って、マスターが猫背気味に焼いている姿をじっと観察しているんですが、毎回想像を超える美味しさのホットケーキが出てくる。家で同じように真似してみても、到底再現できない味なんです。あと、乃木坂の「ウエスト青山ガーデン」は、業務用のミックス粉を使っているそうなのですが、仕上がりはぶ厚くしっとりとしていて、やっぱり信じられない仕上がり。そういう職人的なテクニックに、解明できない魔法のようなものがプラスされているお店は、謎を追求するような気持ちで定期的に足を運んでしまいますね。

ブームを超えてスタンダードへ

 最近のお店では、表参道の「クリントン・ストリート・ベーキング 東京」が美味しかったですね。
ニューヨークに一店舗あるだけで、かたくなにチェーン展開をしないことでも知られる名店なんですが、それを3年かけて口説いたそうです。表参道の調理スタッフはニューヨークの本店まで研修に行っているようで、日本風のアレンジはなし。ジャムや調味料も手作りで徹底的にこだわっている。わたしたち日本人よりもパンケーキ偏差値が高いであろうニューヨーカーが並ぶお店というのも納得の味でした。

 たまに「ブームはいつまで続くと思いますか?」という質問を受けるのですが、アレンジやリミックスを得意とする日本人の国民性を考えると、このまま日本の食生活にうまく吸収されて、ひとつのスタンダードになっていくのでは? と思っています。そもそも1回食べたら満足! というような珍しい系の食べものではないですし、それでいてハレもケも楽しめる懐の深さがありますよね。平和な食べものなので、みんなが平和に食べてほしいと願っています。

─ 今日は「お酒に合うパンケーキ編」ということで、亞細亞食堂サイゴンを御紹介頂いています。

 わたし自身、実はそこまで甘党ではなく、お酒も大好きなんですね。パンケーキの定義というのは「フライパンのような平鍋で焼く粉もの」ということですから、「この広い世界のどこかには、お酒に合うパンケーキがあるのでは?」と、暇な時にいろんな国のパンケーキを検索しまくっていたんです。そのひとつがベトナムのバインセオ。ほどよい食感を残した野菜炒めと、塩気を感じさせる薄めの生地。まさにこれはビールのために存在するパンケーキだと思います。美しく食べるのが難しいメニューなんですけど(笑)、添えられたリーフ野菜でバインセオをくるむなど調整しつつ、甘酸っぱいニョクマムにつけてほおばる。薄くパリパリに焼き上げられた皮の中心にはモチッとした食感も残っていて、パンケーキ欲を満たすことができます。野菜をたくさん摂ることもできるのが嬉しいですね。一度甘いパンケーキのことは忘れて、食べてみて欲しいです。

箸でバインセオをちぎったら、添えられたリーフ野菜で外からくるんで食べやすいように工夫。パリパリ、モチッ、シャキシャキ……食感のコンビネーションがおもしろい。

 あと、ロシアにはブリヌイと呼ばれるパンケーキがあるのですが、これもウォッカやビールによく合う。新宿の「スンガリー」はおすすめです。最近は自分でもベーコンチップを入れてみたりとお酒に合うレシピを考えていますが、「あれ、これってもしかしてお好み焼きなのでは?」と矛盾を感じることもしばしばです(笑)

「パンケーキ対応の身体」に進化?

トミヤマさんも必ず頼むというヒトサラ「パクチー・サラダ」。デトックス効果も抜群!

 ブームの余波として、ミックス粉の種類も驚くほど増えたんですよ。店頭には輸入ものも国産ものも以前とは比べられないほどに並んでいるので、最近はその食べ比べで忙しいです(笑)。基本的にパッケージの裏に記載されている分量に従ってつくってみるのですが、それぞれにまったく違った個性がありますね。甘さはあるけど香りは抑えられたタイプを食べれば、「あ、これはお食事系にもいけるように中庸の味にしているんだな」とか、ひとり勝手に製粉所の会議室を想像してます(笑)。やっぱりでき立ての温かいものが美味しいので、食べ比べる時はどら焼きくらいのサイズでつくって、立ったまま食べつつ次のタネを流すの繰り返しになります。まるで「わんこパンケーキ」(笑)。そんな自分を「パンケーキ中毒」と言う人には、決まって「法に触れない白い粉」だから、と答えることにしています(笑)。

─ 今後、トミヤマさんのパンケーキに対するスタンスに変化は訪れそうですか?

 わたしはフード系のライターでもないし、仕事で食べているわけではないので、熱が醒めたとしても問題ないのですが、パンケーキに飽きた自分というのは想像しづらい……かな。このバインセオなんかも視野に入れれば、まだまだ知らないものがありそうですし、これからも食べ続けると思います。たまに友だちといっしょに食べていると「本当に水分を摂らないね」と指摘されるのですが、事実、わたしは水もコーヒーもほとんど飲まずに食べ切ってしまうんです。水泳選手の指の間に水かきができるように、いつのまにかわたしもパンケーキ対応の身体に進化した可能性はありますよね(笑)。ほかにも(「ドラえもん」の)スネ夫の家のホットケーキは4枚なのにのび太の家は3枚だと気づいてひとりでハッとしたり、自分のパンケーキ愛がどんどん誰ともシェアできない方向に向かっているのは自覚しています。パンケーキが出てくる映画リストとか小説リストをつくりたいって思うこともあるんですけど、わたし以外に欲しいと思っている人がいるのかどうかは疑問ですね(笑)。

亞細亞食堂サイゴン 東京都世田谷区世田谷3-3-5
03-3420-5581
営業時間:11:30〜15:30/17:00〜24:30
定休日:なし

トミヤマユキコYukiko Tomiyama
1979年秋田生まれ。ライター、早稲田大学非常勤講師。年間200食ものパンケーキを食べ歩きまとめた『パンケーキ・ノート おいしいパンケーキ案内100』(リトルモア刊)が3万部の大ヒットに。『週刊朝日』で書評を、『図書新聞』で「サブカル女子図鑑」を連載中。大学では少女小説、少女マンガに関する講義を担当している。

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