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メンターについてゆく

カレーにラーメン、蕎麦やスウィーツ
それぞれのメンター(師匠)たち。
その深い愛情と探究心ゆえ、あらゆる名店を
食べ歩き、ついには偏愛の書までを上梓する
彼らの「もっとも熱いヒトサラ」とは?
頭もお腹も満たされる、いいとこどりの贅沢時間です。

メンターについてゆく09(後編) / TEXT:小林のびる PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:藤田めぐみ / 2017.04.30 メンターについてゆく特別編ラズウェル細木さんの「晩酌屋ラズウェル」開店!

『週刊漫画ゴラク』誌にて1994年より連載を開始し、単行本は堂々の40巻を数える飲兵衛のバイブル的コミック『酒のほそ道』。酒飲みの喉を鳴らす罪深きエピソードの数々にて日本の酒消費量アップに貢献し、数え切れないほどの晩酌レシピを世に送り出してきた作者・ラズウェル細木先生に、実際におつまみをつくっていただき、一晩限りの居酒屋を開店していただこうというこの企画。酒好きならば一度は体験してみたい夢の宴は、いよいよ後半戦へと突入する(前編はこちら)。
しばしの休憩では、またしてもグルメ漫画の執筆における先生ならではの金言が!

 グルメ漫画における料理のコマの描写というのはとても重要なポイントですよね。僕の場合、大切なのは「省略」なのかなって思ってます。食べ物というのは写実的に描けば描くほど「美味しそう」という感覚から離れていって、どこか食品サンプル的な生気のない絵になってしまう場合もあるんです。それよりも、読む人それぞれが自分の頭にある「本物」を投影することができるような、シンプルや線というのが重要なのかなって。……まぁ、僕の場合は料理も含めたすべての絵をひとりで描いているから、そんなに細かく描きこんでいられないというのもあるんだけどね(笑)。
 ちなみにこれは「グルメ漫画家あるある」なんだけど、描いてていちばん面倒なのは、ずばり麺類! ほかの先生方もみんな同意してくれますね。とくに嫌なのが「焼きそば」で、汁麺のようにごまかしはきかないし、もりそばやざるそばと違って具がややこしいのもキツい。ネタを思いついてしまうと描かざるをえないけど、そのときは極力1コマとかに抑えられるような展開にしたりして(笑)。日本各地のご当地焼きそばを食べ歩くなんて回は絶対にやりたくないですね(笑)。
 じゃあ、ここからはいよいよメインと「締め」です。マグロとステーキ肉という贅沢食材を使って盛り上げていきましょう!

5品目:づけオクラ

後半戦は日本酒も開けてしまう。今回はラズウェル先生の出身地である山形の名酒を。

 これは以前、とある浅草の飲み屋で出てきたものを再現してみたメニューです。マグロを漬ける時間は、10分からひと晩までお好みなんですが、もししっかり漬ける場合は味が濃くなりすぎてしまうので、切らずにサクのままやるのがいいですね。最低10分は待ちたいところですが、「早く飲みたいしいっちゃうか!」と漬けたそばから食べ出しても、まぁ美味しいです(笑)。もともとの素材が旨いんだから失敗しようがないんですね。
 おくらは塩もみして、2分半ほど茹でればOK。ザルに上げておきます。つぎはマグロのサクに熱湯をかけて霜降りにするんですが、このとき、マグロが入っていたパックをシンクに裏返しにして使うと便利。こういうのは日々の晩酌から編み出された小技ですね。酒飲みであれば、誰でも自分なりのやり方というのが固まってくるものです。

これぞ酒飲みのためのライフハック!
今回は漬け時間の短さを考慮しマグロをカット。めんつゆと醤油に漬ける。もちろんこの分量も勘である。
10分後に味見。「うん、漬かってる漬かってる!」とラズウェル先生。
マグロをサイコロ状にカットし……
オクラと和えて完成!

 今回のマグロは国産ながら1000円にも満たない赤身の部分。それが霜降りのひと手間にて桜色に染まり、緑との色合いも鮮やか。晩酌のテーブルに爽快な風を運んでくれる、日本酒にぴったりの逸品となった。
 続いてはいよいよステーキ肉の登場だが、さすがはラズウェル先生、市販のステーキソースなどは使わない。この威風堂々たる赤身肉に大人の遊び心を加え、どこまでも「酒向け」なおつまみメニューへと変貌させてしまった。

6品目:サイコロステーキわさび漬け添え

 まずは肉に塩胡椒します。和牛を使ってもいいけど、いつもの晩酌ならアメリカン・ビーフでも充分美味しいです。

 ステーキの焼き方というのは、本当にこだわりが多い世界ですよね。みんなうるさいうるさい(笑)。僕はそういうのを聞いていると「もうどうでもいいや!」ってなっちゃうたちなので、最初っから脂身とバターを熱して強火で焼いちゃう。(様子を見ながら)このくらいの厚さなら、2分焼いて、ひっくりかえして1分ぐらいでいいんじゃないかな?

写真右は肉からカットされた脂身の部分。牛の乳と脂で牛を焼くのだ。

 で、肉が焼けたらザクザクとカットして、それを皿の上に並べて醤油をかける。

 ここで終わるとただのサイコロ・ステーキなんだけど、今回はたっぷりの「わさび漬け」を乗せちゃいます。

なんという味の冒険!

 これ、ちょっと(味の)想像がつかないでしょ? でもこの組み合わせがいけるんですよ。スーパーには野沢菜入りのわさび漬けしかなかったんだけど、どうかなぁ? まぁわからないからこその楽しみもあるってことで。どれどれ……お、うまい!

 これはすごい! まったりとしたコクにピリリと刺激の効いたわさび漬けが、赤身肉をよりゴージャスな味わいへとドレスアップ! ステーキをわさび醤油で食べることはすでに一般的となったが、これはさらに複雑で、さらに酒が進む。酒粕が苦手だという人も一度は試す価値のある、パーフェクトなコンビネーションだ。

 

 ちなみに漫画で紹介したときはここにレモンを添えていたんだけど、すでに味の要素は多すぎるほどに多いから、ないほうがいいですね。僕のつまみはこうして日々アップデートされていくものというのも多いんですよ。日々の晩酌にゴールなどありません(笑)。

7品目:ギョニソ照り焼き丼

 サイコロステーキというメインディッシュでひとしきり日本酒を飲み、晩酌はいよいよ「締め」のタームへと突入! もちろんここにもラズウェル流の「ありそうでなかった」アイデアが爆発。まな板では、これまたあまりにも親近感の湧く食材「魚肉ソーセージ」が切り分けられ、それをフライパンへと放り込む先生。

 このぐらいしっかり焼き目がついてきたら、あからじめ調合しておいた、酒、醤油、みりん、あとはタレにトロみをつけるための片栗粉を加えて溶いたものを一気にかけて炒めるだけ。片栗粉は水溶きにしたものを最後に加えてもいいんだけど、めんどくさいという人はこれでもいいの。(調合したタレを味見して)わかんないなぁ……麻痺してきた(笑)。もう最後だから失敗してもいいや!

ジュワーッ! 身体中の細胞や遺伝子が「早く体内に取り込め!」と騒ぎ出すほどの音と香り!

 酒、醤油、みりんの組み合わせは万能なので、どんなものでもたいてい美味しくなるんですよ。たとえばこんなお手頃で身近な食材でも、照り焼きにしてしまえば不思議とごちそう感が出るしね。ごはんにはタレを回しがけて、そこにギョニソを盛りつけて、最後にネギを散らせば……ハイ、これが締めの「ギョニソ照り焼き丼」!

 いつもは無心でカジっているあの「ギョニソ」が、カリッとした歯触りとムチっとした旨味、問答無用の照り焼き味によって、天丼やカツ丼とも渡り合うほどのヒトサラへと大出世! もし自分が小学生の頃にこの味を知っていたなら「お母さん、今日もアレつくって!」と毎週のようにねだっていたことだろう。
 試しにさきほどのステーキでもご飯を食べてみたが、白飯との相性という部分では、こちらに軍配が上がった。まさに庶民食材の下克上である。


 酒のつまみって、素材がいいに越したことはないんですが、極上の素材が最良のつまみかというと、決してそんなことはない。そこが面白いんです。
 それじゃあ最後にダメ押しの逸品。お茶漬けもいっちゃいましょう。実はね、最近の晩酌では、あまり締めまでは用意しないんですよ。昔はコース仕立てでやるのが楽しかったけど、歳とともにそこまではいらなくなってきて、近頃はつまみも残しちゃったりしてね。とはいえ若い人ならこのぐらいは食べちゃうでしょう。というわけで、今日は締めは2品です(笑)。

8品目:搾菜のジャスミン茶漬け

 これはもう、レシピってほどのものじゃないですけどね。瓶詰めの搾菜(ザーサイ)をごはんに乗せて、熱いジャスミン茶をかけるだけ(笑)。ジャスミン茶はペットボトルのものを鍋やレンジで温めたもので充分。これは昔、阿佐ヶ谷にあった某台湾料理屋の親父さんが出してくれたんだけど、「お茶漬けって日本茶じゃなくてもいいんだ!」と目からウロコが落ちてね。それ以来、本場香港で飲み食いしていても、最後はこれじゃないと締まらなくなっちゃった。たまに向こうでも美味しくないチャーハンに出会ったりすることがあるんだけど、そんなときもこのお茶漬けにすれば食べられちゃう(笑)。

ズザザザザッ!と頼もしい食べっぷり!

 これまた不思議と旨い! いつものお茶漬けに搾菜とジャスミン茶のエキゾチシズムが加わることで、上品かつ玄妙な中国料理へと変貌してしまうというこの不思議。これまで激しく飲み食いしていた舌や胃袋を労ってくれる、優しくも奥深い味わいである。

 いや~今日は思いのほか大成功でしたね。もちろん自分がこれまで紹介してきたレシピだから、初めてのものをつくるのとはわけが違うけど、やっぱり『酒ほそ』のレシピは簡単で失敗が少ないんだな、と再確認しました(笑)。
 本来の「晩酌」というのは極めてプライベートなお酒ですよね。多くても家族でひと単位。そう考えると、こうやって集まって飲み食いするというのは、「晩酌のような宴会」だよね(笑)。だけどこれ、イベントにしても面白いかもしれない。当番制にして、誰かのいつもの晩酌をみんなで味わう。……だけどな~、いざイベントになっちゃうと、がんばりすぎちゃう人が出てくるだろうね。「ほんとにこんなもの、いつもつくってるの?」って、逆に文句が出たりしてね(笑)。あ、そういうやりとりを含めて漫画にするのもいいかもなぁ。いつか単行本のネタとして使えるかもしれない(笑)。

 最後まで、身近でありふれた食材を使いながら、そのどれもに斬新な驚きを隠した魔法のような晩酌コースでもてなしてくださったラズウェル先生。もっとも印象的だったのは、料理をつくるときの、そして食べて飲むときの、「失敗だって楽しい」というスタンス、そして晩酌の極意を我々に伝える際の笑顔である。

 そりゃあ「晩酌」に関しては年季が違いますよ。酸いも甘いも知ってます。
 前にね、僕の友人が琵琶湖の「鮒寿司」を送ってくれたことがあるんです。昔は東京じゃなかなか手に入らなかったんで、もううれしくてうれしくて、その夜はひとりで五合も飲んだんです。僕の鮒寿司の楽しみというのは、あらかた身を食べ終わったあとに待っている、「鮒寿司茶漬け」なんです。炊きたてのごはんの真ん中に鮒の頭を詰め込むように盛りつけて、熱々のお湯をかけて食べるのが最大の楽しみなんだけど、その日は後半の記憶が全然なくて、気がついたらテーブルの下に倒れたまま朝になってたんです。そこで「あ~、お茶漬けまで辿り着かなかったなんて情けないな」と起き上がってみると、テーブルには空のどんぶりが転がっててね(笑)。もちろん食べたのはきのうの自分なんだけど、ひとつも覚えてないことが悔しくて悲しくて。「あんなに楽しみにしてたのに食べちゃったのかよ~!」って、自分で自分を叱りましたね(笑)。

(©ラズウェル細木/日本文芸社)

ラズウェル細木 Roswell Hosoki
1956年生まれ。漫画家。飲兵衛のバイブルとして名高い『酒のほそ道』を1994年から20年以上に渡って連載。数多くの媒体で幅広いジャンルのグルメ漫画を執筆し、居酒屋、家飲み、そのほかさまざまなシチュエーションにおける、飲兵衛なら思わず喉を鳴らさずにはいられない豊かな酒飲み描写で多くの支持を集める。日本屈指のジャズファンとしても有名。

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