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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

 ヒトトヒトサラ01 / 2014.05.16 世田谷区等々力「とりまさ」籾山サチ子さんの「つくね」

駅前30秒の森林浴、はたまた大通り沿いのトレッキング・コースとしても知られる東京ならではのプチ自然、等々力渓谷から徒歩5分。誰かに教えられなければうっかりスルーしてしまいそうな、これといったオーラのない焼き鳥屋がある。しかしここは地元のファンをもってして、「居酒屋界の銀河鉄道999」との異名を誇る名店である。つまり、外観や内装はレトロを狙わずしてレトロ。しかしその実力は豊かな独創と確かな仕事に裏打ちされた、粋の極みということ。
その名をとりまさ。今から30年前、この店をまったくの素人からスタートしたという籾山サチ子さん、そして焼き台に立つ二代目の幸雄さんに話を聞きました。

素人の発想から生まれたヒトサラ

 この店はもう30年になるんだけど、わたしはどこかで修行したわけじゃなくてね、ただの料理好きだったんですよ。当時の夫はジャズのピアニスト。でもだんだんとその仕事が少なくなっていった時に、わたしたちに何ができるかなって考えて始めたのが、この店だったんです。わたしはもう73歳になるから、始めた時は40を超えていたことになりますね。当時のわたしは美味しいものを食べ歩くのが好きで、よく築地にも出かけていたし、鶏料理屋さんの顔馴染みもいたから、基本的な串の打ち方はそこから教わったりしてね。

 そんな手探りの状況から、とりまさの名物「つくね」が誕生する。店内のそこここから「これこれ!」「なにこれ?」の声が上がる、黒光りの六面体。その正体は、地鶏のすり身に軟骨を混ぜ、1時間を蒸したのち、表面を香ばしく焼き上げたもの。甘さを抑えたタレは酒呑み悶絶の燻し銀。そこにカラシの一閃が、目にも舌にもよく映える。

 まるでミートローフみたいでしょ? このかたちにしても、わたしが素人だったからこそなんですよ。焼き鳥屋にとって、美味しいつくねを出すというのは、ことのほか難しいことなんです。焼きすぎるとパサパサになってしまうしね。だったら最初に蒸してしまいましょう、というのがもともとの発想なんです。よそのお店のは細長かったり丸かったりするから、うちぐらいは四角くてもいいじゃないってね。もうボロボロで恥ずかしいんだけど、これが当時から使っている蒸し型。この大きさから8つにカットするんですよ。

籾山幸雄さん。スコッチ好きだが仕事中は烏龍ハイ。

 ビールをグイグイ飲ませる「カリカリ」を箸の先で切り崩してゆくと、お燗を追加したくなる「じゅわ〜」が顔を出す。その食感のバランスたるや。ジョッキ片手の幸雄さんが話を引き継ぐ。

 おふくろがこの店を始めた時、自分はまだ中学生でね、居酒屋になんかいったことがなかったから、世の中のつくねは四角いものだとばかり思ってた。これが弁当箱にドーンと入っていたこともあったな(笑)。最近は裏メニュー…じゃないんだけど、蒸しつくねも出してる。蒸し立てを食べてみたいという常連さんに頼まれて、わさびとか生姜で出してみたら、これも評判になってね。あいにく今日は売り切れちゃったけど。

 残念!  しかしこれだけ高インパクトの看板メニュー、なにかしら必殺の謳い文句があってもよさそうなものだが、とりまさは、その30年を「つくね」で通している。もちろんこの飾りのなさは、味への自信からくるものだ。

レバー。塩は性格の違う3種類をブレンド。

 わかる人はわかると思うので、名前はどうでもいいやってね。うちはレバーにしても白レバーなんて言葉が通じるようになる前から白レバー。馴染みの業者さんにお願いして卸してもらってる。それだってずっと120円で出してるし、白レバーとも書いてない。看板だってボロボロだけど、やってるっていうのがわかればそれでいい。昔は大きなちょうちんをぶら提げたこともあったけどね。ただ、あの頃は街のガラも悪くて、大枚はたいて買ってきたのを提げたその日に破かれたりして、そこからはもう、見た目はどうでもいいやって。

籾山サチ子さん。大のビール党。

 昔の話になると、エピソードがありすぎて、どこから話せばいいのかわからないぐらい。わたしに書く才能があればそうしたいんだけどね(笑)……この子が初めて厨房に立った時は「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」が全然言えなくてね。どうしても恥ずかしいって。そのたびに「慣れるから大丈夫よ」って励まして。……うちのお父さんは自分から人に教えるような人じゃなかったから、この子もずいぶん苦労したと思うんだけど。

 余計なことは言わなくていいんだよ(笑)。当時はとにかく飲まされた記憶しかないけどな。常連さんが飲め飲めうるさくてね。ただ、最初の何杯かは奢ってもらえるんだけど、自分のスイッチが入る頃にみんなが帰っちゃうもんだから、後半は自分から飲んで、帰る頃にはいつもヘベレケ(笑)。

 酒飲みのつくる料理は酒飲みを引き寄せる。幸雄さんの焼く焼き鳥の旨さには、「自分が焼きやすい串の打ち方」にその秘訣があるのだとか。

 焼き鳥は素材も大事だけど、(串の)根元のほうは火力が弱くなるからそのぶん小さな肉を刺すとか、手羽先は皮のパリパリした部分と肉の間の油が旨いわけだから、ムラなく火が通るよう全体が平たくなるように串を打つとか、そういう工夫が大きく味を変えるんだと思う。うちは皮にしても、まず90分ぐらい茹でて、最初に余計な油を落としてから刺していく。それでサクサクとした食感になる。そういうふうに仕込んだ鶏を、いちばん旨い焼き加減で出す。皿もきちんと温める。ここはこんな木造だから、どうしても炭火は使えない。正直なところ、炭火に勝てる火はないと思うけど、炭火を使った店でも、うちより旨い店というのはそんなにないと思う。昔はどこどこが旨いと言われればすぐに飛んでいったけど、たいていはガッカリして帰ってきたし、残念ながら、それは今も変わらなくてね。

手羽先。ピンと張った皮のすぐ下に、甘く透明な油。

最後の締めは焼きおにぎり? それともピザ!?

醤油のいらないヤリイカ焼き。サクサクとした歯ごたえと肝の香り。 幸雄さんの出身校、荏原高校硬式野球部出身の「大五郎さん」が来店。さすがの飲みっぷり。

 とりまさには魚を目当てに集うお客さんも多い。釣りをやる幸雄さんの眼にかなった新鮮な刺身、白子に牡蠣。厨房の裏口が開き、釣り仲間が特大の平目を次々と持ち込むこともあれば、この日は「旬のものを塩で焼いただけ」と、ヤリイカが出された。これがまた、驚くほどに甘く、旨い。

 自分で釣った魚を見ていると、自然と眼が利くようになるんだよね。船の上に比べると、築地に並んだばかりのものですら古いと感じるようになるから、そこはおのずとシビアになる。鯵なんかは釣ったばかりのものをすぐにフライにするとビックリするような味になるし、逆に平目なんかは新鮮なものを処理して4〜5日寝かせるとすごい甘みが出る。3日目に昆布締めにして、5日目に出すのもいい。それもやっぱり毎日ひと切れずつ食べていって、これだっていうポイントを見つける。ずっと勉強してるようなもんだよね。ここまでいろんな料理を出す焼き鳥屋っていうのも珍しいと思うけど、もともとはおふくろの家庭料理の延長から始まったわけだから、これが自分たちにとっては自然なことだと思う。お客さんもそれをわかってて、刺身、焼き鳥ときて、最後にピザまで頼んでくれる人も多いし。

 そうね。ピザもうちの看板メニュー。和風でも洋風でもないここだけの味ね。これ、焼き鳥を食べた後でも不思議と入っちゃうでしょう? 多い時は1日で10人前ぐらい出るんですよ。これもわたしがお店をやる前からつくっていた定番で、もともとは子どもたちのおやつだったんです。

ゴーダチーズのコクにも負けない、生地の存在感。温かな家庭の味。

 ユニークなのは、魚は焼き台、ピザは魚焼き機で焼かれていること。ゆっくりと瓶ビールを傾けながら、サチ子さんが続ける。

 最初はうちで使っていたオーブンをそのままお店に持ってきて焼いていたんだけど、それが壊れて、新しいものを買いに出かけたら、上下から火が出るタイプのオーブンに爆発事故があったらしくて、製造中止になってしまっていたのね。だからといって熱風で火を通すオーブン・レンジだと表しか焼けないし、ここに石釜を入れるわけにもいかないので、なんとかこれ(魚焼き機)で試行錯誤してね(笑)。

 そんなエピソードが温かな笑い話として成立するのも、サチ子さんの気持ちに「自分が美味しいと思うもの。だからこそ食べさせたいもの」がしっかりとあり続けるからだろう。

 最初は「赤ちょうちんでピザ?」なんて笑われたもんです。当時の赤ちょうちんっていうのは、土方のおじさんが作業着のまま呑んでるっていうイメージでしたからね。でもわたしは「これからは女性も子どももきてくれるようにお店にしなくちゃダメだ」って思ったんです。今ではここで知り合ったカップルが何組も結婚しているし、わたしにはそれがなによりうれしいんですよ。本当に恵まれてると感じますね。お客さんにも恵まれてるし、この子が店を継いでくれることに対してもそう。わたしはあまり信心深い人間ではないんですけど、どこかでそういう運命になっていたと感じることがありますね。このあたりで変わらないのはこの建物だけだけど、わたしの想いも当時から変わりません。あれから30年、ようやくわたしが想い描いていた通りのお店になったなって思いますね。

とりまさ 東京都世田谷区等々力4-6-5
03-3704-0800
営業時間:17:00〜24:00
定休日:水曜日

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