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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ16 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2015.5.26 台東区浅草「カルボ」阿久津吉徳さんの「カルボ」

 浅草の午後。せっかくならばゆっくり歩きたいし、甘味も食べたいし、最後はBARにも寄りたい。そんなプランを「こってり・もっちり・どっかり」の三拍子にて容赦なく粉砕してしまうスパゲッティ屋、それがカルボだ。着席と同時にハシゴ酒を拒む店にして、いわゆる「ロメスパ」の最終進化。もしくは「ここで死んでいけ」という暗黙に満腹な、炭水化物のヘブン&ヘル。たとえあなたが減量中でも、「お店に出されたものは残しちゃいけないよな」という自己問答を挟みながら、ふだんの倍は食べてしまうであろう、終末的な旨さと中毒性……。
 この原稿を書いているのは、取材の半日後。それでも満腹でフラフラの午前2時。しかしなぜだかカルボのことが頭から離れない。そんな味の失楽園を切り盛りする、店長の阿久津吉徳さんに話を聞きました。

焼く、炒めるというのは当然のこと。僕らは「焦がす」ということに執着し始めて……

阿久津吉徳さん。「お酒は奥さんと家で飲むことが多いです。うす切りのココナッツチップスとかチョコレートでウイスキーを飲んでますね。店から帰ると本当にヘトヘトで、なかなかほかの店まで勉強にいけないというのが悩みといえば悩みですかね」

 うちは「ロメスパ」というジャンルの店です。この言葉は「路面」と「スパゲッティ」を合わせた造語で、フライパンでつくる東京発祥の「焼きスパゲッティ」を指す言葉なんです。基本は太麺。最初から大盛り。庶民や学生の味ですね。イタリアンのパスタはソースを温めてから、そこに麺を投入しますけど、ロメスパはフライパンでじっくりと焼いた麺に、ソースを絡めて出すんです。まったく逆の発想ですよね。とくにうちは極端な味なんですよ。ロメスパの有名店では銀座一丁目の「ジャポネ」や秋葉原や新橋の「パンチョ」がありますけど、僕らは「焦がす」ということに執着していて、また独自の進化をとげた店だと思います。焼く、炒めるというのは当然で、僕らはいつからか、その先のカリカリ感をめざすようになったんですね。
 ロメスパは高級な食べ物ではないですから、材料に関してはどこもどっこいどっこいだと思います。そのかわり、調理や味つけにお店ならではの個性が出るんです。うちが焦がしているのは、そのほうが食感がおもしろいし、なによりお酒に合うからです。モチモチの部分とカリカリの部分をいっしょに食べてもらいながら、ビールを飲んでもらいたいんですよ。

「まずはこれで胃を開いてください」とポテトサラダ。もちろんビールもオーダー。

 阿久津さんのフライパンから放たれるロメスパの豪快さは、いわゆる「茹で上げ」や「生パスタ」の対岸に居を構え、もはや鉄板料理。その油に馬力を感じさせるというか、湯気の種類からして違うというか。

 うちにオシャレなパスタを期待されても困りますし、やっぱり「スパゲッティ」という言葉が適切ですね。もちろん「デカ盛り」とか「B級グルメ」という言葉に対しても、まったく悪い印象はないです。そもそもグルメにAもBもないというか、味わう舌は自分のものなわけで、「旨いものは旨い」でいいと思うんですよ。フランス料理のフルコースでも、庶民的な煮物でも、その人が心から楽しんで食べられるのであればなんでもいいんじゃないですかね。

「麺の仕込みは毎朝の仕事です。この缶にパンパンで8キロあるんですよ」 ケチャップ缶を再利用。 新聞・雑誌も御自由に。ひとり客への配慮はファストフードの基本。

 フランクかつ太麺、いや、骨太な見解に、これは愚問かとも思ったが、せっかくなので訊いてみたい。パスタとスパゲッティの違いってなんでしょう?

 発祥の違いですよね。パスタはイタリアに故郷があるけれど、スパゲッティは日本生まれの食べ物だという気もします。インド料理を起源に日本の家庭に入っていったカレーライスとか、実は赤坂の「榮林」を元祖とする酸辣湯麺(スーラータンメン)なんかと同類で、本場の味を日本人が進化させたもの。僕はそう考えてます。とくにロメスパはその傾向が強いですね。だって、世界広しといえども、あえて「茹で置きした麺」を使う料理なんてほかにないんじゃないですかね(笑)。
 うちは2.1ミリの太麺を使っているんですが、家庭で茹でたら14分ぐらいかかるところを10分であげて、冷水で締めて、水を切ったあと、麺同士がくっつかないように油を絡ませて、冷蔵庫で1日置くんです。その時点では芯が歯に挟まるぐらいの状態なんですけど、麺を寝かせることでだんだんと水分が内側まで入っていく。それを強火で焼くことで、ビックリするぐらいモチモチの食感になるんです。
 この近くに仕込み場があるんですけど、やっぱりいちばん大変なのは麺の仕込みです。よく料理の番組とかでも、麺は大量のお湯で茹でたほうがいいっていうじゃないですか? あれには明確な理由があって、麺から流れ出るデンプン質がお湯の温度を下げてしまうことで、茹でムラができるからなんですね。うちもそれを考慮して、1回に4キロずつ茹でていって、1日につき32キロを仕込むんです。
(その麺をトングでグイッと持ち上げながら)さて、きょうはなにからつくりましょう?

向かいのホテルのフランス人は、3日連続で通ってくれました

 32キロという数字を噛み締めるのは後にしよう。やはりまずは定番の「カルボ」だ。取材はランチタイムの修羅場を終えた無人の店内。せっかくなので厨房に潜入。解説つきでつくっていただいた。

 まずは麺を焼きます。ボウルで麺を計って、そこに具を混ぜ込んだものを、熱したフライパンに広げて、水を加えて馴染ませます。そのまま水が蒸発するまで待つと、麺が蒸し焼きの状態になるので、それをさらに火で煽りつつ、フライパン全体に広げていくんですね。具は焦がしたくないのでこまめに麺の上に逃がしてやって、そのままお好み焼きみたいな要領で焦げをつくっていくんです。

 ある程度パリパリになったら全体を崩して、ここから一気にソースで味つけしていきます。
 最後にマヨネーズ。表面をバーナーで焦がして……はい、できました!

 なんと鮮やか。この間わずか3分程度。このスピードと無駄のなさが回転率のよさ、そして1秒でも早く空腹を満たしたいファンのリピートにつながる。駅からかなり離れた場所での営業ながら、途切れない客足。その秘密を確かに垣間見た。

 このあたりは観光客もほとんどこない「裏の浅草」ですよね。もちろん銀座線の浅草駅からも歩けますけど、近いのはつくばエクスプレスの浅草駅か、日比谷線の入谷駅。もともとはうちのオーナーがこのあたりの街並みや古くからある店の雰囲気が好きで、まずは観音裏に豚肉料理を出すスタンディングBAR(THE PORK BAR BOO)を始めたんですね。そこで「このあたりにもロペスパの店があったらいいな」と開店したのがうちの店なんです。さらに最近「FOS」というオーセンティックBARもオープンさせたんですけど、みんな近くにあるので、近隣の結束は万全という感じです(笑)。

 ここは大通りですけど、裏に入れば会社や町工場が多いですし、ランチや仕事帰りの時間帯はとくに混みます。とくに宣伝はしていないので、口コミできてくれるお客さんがほとんどだと思います。いちど食べてくれた人が同僚を連れてきてくれたり、警察官の人がテイクアウトしてくれたり、基本的には地元の人がメインなんですけど……ちょっと変わったところでは、フランス人。通りの向かいに外国人のよく使うホテルがあるので、そこからフラッと入ってきて、3日連続で通ってもらったことがありました(笑)。僕らとしては「世界的にもここだけの味」ということだと受け取ったので、なんだかうれしかったですね。

「カルボ」と「ナポリ」のソース。スピード勝負の「焼き料理」だけに、厨房はシンプルかつ機能的。
テーブルに常備されたタバスコや黒胡椒、ガーリック・オイル。中でもパン粉にチーズ風味のシーズニングをミックスした「チ~ズ パン粉」は、炭水化物の上に炭水化物をふりかけさせる、カルボならではのサービスだ。 「……といっても、以前はクラフトの100%パルメザンをテーブルに置いていたんですよ。でも、たまにひとりで1本使い切ってしまう人がいて、大人の事情でこうなったんです(笑)。擬似的なものですけど好評ですね。塩味も強いので、表面にパラッとで満足してもらえると思います」と阿久津さん。「スプーンは店員まで」という注意書きもストイックかつ多弁!

「肉のカール」って魅力的じゃないですか?

 そんな話を聞きつつモグモグとかきこむ「カルボ」は、確かに世界でここだけの味。奥歯でブツブツと噛み切る太麺の挑発と、「飲み助のスナック菓子」とでも形容したい、どこかノスタルジックなジャンク感。快感促進の3点セット=塩分+油分+タンパク質、つまりはマヨネーズの由々しきストライプが遠慮なしに描かれていることにも、嗚呼しあわせ……などと、しばしトリップ。
「中」とはいえ400グラム。いつまでも減らない山の各所は酒のつまみとしても万能で、「美味い」というより「旨い」、「旨い」というより「ウンマイ!」な味だ。阿久津さんオススメのグリルチキン+味玉も、もはやトッピングの域を超えている。


 うちのトッピングは別皿でも出してますので、ほかにも食べていってください。とくにこの塩豚は改良を重ねた自信作です。以前は塩を塗り込んだものを茹でていたんですけど、今は塩といっしょにハーブを効かせて、オーブンで蒸し焼きにしたものを出しています。水分を飛ばさないぶん柔らく仕上がるので、麺とも絡みやすいと思います。さっきのポテトサラダや味玉もよく出ますね。うちの味玉はラーメン屋さんみたいな醤油味じゃなくて、塩とガーリック・オイルを効かせたものです。

塩豚セット。ここにもしっかりと焼きマヨネーズが。
これでもかとカリカリの「ソーセージ」。これぞビールの大親友。 「中二病の弊害ですか? やっぱり無駄なところで妙にカッコつけちゃったりですかね。これはこれで厄介な病気だと思ってます(笑)」

 あと、個人的に好きなのはソーセージですね。決して特別なものではないんですけど、これも調理がポイントで、縦に切り目を入れて強火で炒めると、くるんと裏返って「カール」みたいなかたちになる。肉のカールって魅力的じゃないですか?(笑)。こういうツマミをひと通り食べてもらって、最後にスパゲッティで締め、というのが僕のおすすめですね。
 浅草はよく食べる人が多いんですよ。それに飲む人もすごく多い。よそで飲んだあとにうちに寄ってくれて、締めにガッツリ食べてくれる人もいますね。見た目はかなり細い人が「大(600グラム)」をペロッと食べてくれたり、メニューには載せてないんですけど、800グラム、その上の1キロというのもあって、それを女性のおひとりさまが頼んでくれたり……。ただ、これもある種の職業病なのか、そういう注文もだんだん見抜けるようになってきて、もう驚くことはほとんどなくなりましたね(笑)。
 職業病といえば、もちろん腱鞘炎もバリバリですよ。うちのフライパンはそれだけで1キロぐらいあるので、そこに麺が800グラムとか入ると、もう中華料理屋さんのレベルですよね。初めてランチに入ったときは、すぐに手首が死んで参りました。ブルブルいわなくなってきたのは、最初の給料日ぐらいですね(笑)。

うちの食はアミューズメントだと思ってます

 現在26歳の阿久津さんがカルボに入ったのは2年前のこと。腱鞘炎のほかにも、焼肉屋レベルの煙と油に眼鏡がヤラれ、白雲に包まれたまま調理を続行 ⇒ 客が引けたタイミングを見計らい水洗いするもののキリがなく、「ガス台の隣に眼鏡屋さんの超音波洗浄機が欲しいんですよね(笑)」と苦笑する。しかしその表情には、ワン&オンリーな味を貫くことのプライド、そして根深き「スパゲッティ愛」がギラギラと燃えているのであった。

 僕の幼少期に、生パスタで有名なチェーン店「ポポラマーマ」が創業したんです。あの味との出会いが衝撃で、本当にパスタやスパゲッティが大好きになったんです。自分にとっては特別な日の味でした。

 日本人はとにかく麺が好きですよね。でも、パスタやスパゲッティというのは、うどんや蕎麦、ラーメンなんかと比べても、麺の形状や味のバリエーションが格段に多いというのが魅力なんです。ペンネとかコンキリエみたいなラーメン(の麺)はないですし、マリナータとかプッタネスカみたいな味つけの蕎麦もないですよね(笑)。だからこそ、パスタの店を探して働くというのは自分にとっては自然な流れで、最初は千葉のイタリアンに入って、そこからいろんな店で働くうちに、この店のことを知ったんです。ここのオーナーさんは本当に自由にやらせてくれるし、今はすごく楽しいです。将来的に自分の店を出すにしても、やっぱりスパゲッティで勝負したいと思ってますね。
 ロメスパだって、ものすごく奥が深いんですよ。うちも毎月の限定メニューを出していて、今月は梅肉を使ったスパゲッティをやったり、この調理法には大きな可能性を感じているんです。

すでに満腹だが「残っちゃったぶんは持ち帰りもできますよ!」の声に追加オーダーしてしまったナポリ(小)。「ナポリのソースはケチャップをベースに調味料を加えたものです。ソースもいっしょに焼くことで、酸味を飛ばしています。この味はどんなトッピングも受け止めてくれるので、ぜひ次回はハンバーグを乗せてください。うちのは120グラムありますんで!」と、なかなかにサディスティックな阿久津さん。
日替わりメニューには、「牛肉の赤ワイン煮」やバジル風味の「ライスコロッケ」、豆乳で仕込まれた「和風パンナコッタ」のデザートも。

 絶え間なく送り込まれる油と炭水化物に、全身の血液が胃袋に集中。しかしそれでも飲ませる味の底力。ビールを赤ワインに変え、今度はカルボ流のナポリタン「ナポリ」をつまみに、べっとりとグラスを汚す。このケチャップ味も、やはりカリカリ部分が絶妙だ。

 旨いですよね(笑)。今後の展開としては、もっともっと飲んでもらう店にしたいんですよ。変化球の居酒屋としても、いい店でありたいと思ってます。そのワインも特別な銘柄ではないですけど、うちの料理に合うものをセレクトしてますし、飲み放題なら90分1000円。うちはやっぱり「この値段でこの満足!」というのが売りですから。
 そういう意味では、これからやろうと思っている「メガ豚」というトッピングはいいですよ。トッピングといっても大きなブロック肉で、それをオーブンで焼いて、スペアリブみたいに提供したいんです。2~3人で頼んでもらってみんなで食べてもらうのもアリですし、これが夜の目玉になればと、採算度外視で取り組んでますね。

 ちなみに「メガ豚」は330グラムで提供の予定とのこと。常人では絶対にスパゲッティまで辿り着けないレベルの爆弾を想像しつつ、最後に少々意地悪な質問をぶつけてみた。
 阿久津さん、メニューにカロリーは表示しないんですか?


 絶対にしないです(笑)! お客さんが減っちゃいますよ(笑)。やっぱりうちの食はアミューズメントだと思ってますからね。こんなものを食べ過ぎちゃいけないんじゃないかというスリルに、圧倒的な旨さが勝つことで完食してもらえるような料理だと自負しています。ヘルシーじゃないものはやっぱり旨い。そこに尽きますね。油、砂糖、生クリーム、マヨネーズ。どれも身体にいいわけじゃないけど、たまにドカンといくなら旨い。身体にも精神にも旨い。そのご褒美感を味わってほしいと思ってます。もちろん僕らとしては、単純に旨いと思うものをつくったらこうなったというだけなんですけどね(笑)。

カルボ 東京都台東区浅草3-42-6 大島ビル 1F
03-5603-0203
営業時間:11:30~14:30/17:00~22:30(月~金)
11:30~22:30(土・日・祝)
無休

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