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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ28 / TEXT:小林のびる PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2016.01.29 中央区銀座「とろさば料理専門店 SABAR」右田孝宣さんの「大とろ鯖小袖棒寿司」

「鯖(サバ)」に取り憑かれた男がいる。めざす店舗数は全世界38(サバ)店。すべての店の席数は38(サバ)席。営業時間は開店・閉店とも11:38(いいサバ)! これらすべてはサバ料理専門店「SABAR」グループ代表、右田孝宣さんのこだわりからくるものだ。これを「話題集めのおふざけか?」と眉をひそめる貴方も、右田さんが溺愛し、人生のすべてを賭した「とろさば」料理を味わえば、あっさりとその先入観を覆されるはず。絶対的な旨さを伴った、本気の執念に対しては、知見はしばし無力になるものなのだ。
誰しもの「サバ観」を鮮やかに刷新してしまう、驚きのヒトサラ。その成り立ちについて訊いてきました。

それまで魚が食べられなかったからこそ、どっぷりとハマってしまったんです

右田孝宣さん。「僕はきっと誰よりもサバを食べてます。先週は月~金までがサバでした(笑)」

 実は19歳まで、いっさい魚が食べられなかったんです。驚くでしょう? それは体質とかアレルギーではなくて、僕の母親が、魚の臭みを最大限に引き出す天才だったんです(笑)。水と生姜だけでサバを炊いたりしはるんですけど、そうするとなにが起こるって、臭みしか出てこなくなるんですよ。子どもの頃にそういう料理が毎日食卓に並んだせいで、完全にトラウマになってしまったんですね。
 そんな僕が高校を卒業して働くことになったのが、なんの因果か魚屋(笑)。職を探していたら、ある友人に「知り合いの店が人手が足りなくて困ってるから助けてやってくれ」と頼まれたんです。初日は魚の匂いからしてキツくてキツくて、1日でも早く辞めてやろうと恨みながら働いてました。ところがある日、配達に行った割烹料亭で、カレイの煮付けをつくっていたんです。大将が「まかないだから食べてけ」と。さすがにそこで「魚が食べられないんです」とは言えませんよね(笑)。恐るおそる口に運んだら、これが衝撃的な美味しさ! 魚嫌いを克服した瞬間ですね。そこからは、それまで駄目だった反動もあって、どんどん魚に取り憑かれていきました。家に帰っても毎日のように母親といっしょに魚料理をつくってましたね。もちろん僕が教えながらですけど(笑)。

鯖、SABA、38……。潜在意識に刷り込まれ、もはやサバのことしか考えられなくなる藍色の店内。

 こうして天職に巡り会ったかに見えた右田さん。ところがここからが波乱万丈。南半球を舞台にジェットコースターのような人生の幕が開く。

 僕ってちょっと無鉄砲なところがあるんですよね……。23歳の時に「自分はこのまま魚屋の兄ちゃんを続けていくのかな?」と疑問に思い始めてしまったんです。確かに魚屋で働き続ければ、定年退職までの年収も計算できるし、安定もある。でも、なんだかその安定がむず痒く感じる自分もいて、まったく新しい世界に飛び込んでみようと決意するんです。そこで頭に浮かんだのが、「貿易」の2文字。なんだか響きからしてカッコいいじゃないですか。こう言うとアホみたいですけど(笑)。で、すぐに調べてみたら、ワーキングホリデーで韓国かカナダかオーストラリアに渡れることがわかったんですね。僕は「韓国はすぐそこだし、カナダは寒いだろうし」みたいなノリで、半年後を目標にオーストラリアへの飛行機に乗ることにしたんです。

「とろさば薫製とブルーチーズ ブルーなコンビのシンプルなサラダ」。燻製とチーズという強烈な個性をバルサミコ・ドレッシングがまとめあげる。

 もちろん現地にツテがあるわけでもないし、そもそも英語が全然ダメだったから──実は僕、高校を1年留年してるんです(笑)──僕を落第させたみどりちゃんという英語の先生に、「今更やけど英語を教えてくれ!」と頼み込んで、毎日2~3時間の特別授業を組んでもらって、なんとか中3レベルくらいにまでは訓練してもらいました。ありがたい話ですよね。まぁ、そんな英語力で貿易ができるわけではないんですが(笑)、3ヶ月ぐらいオーストラリアのあちこちを旅して廻る中で、ある程度の日常会話はできるようになりました。
 そんな中、僕はシドニーで現地の回転寿司チェーンの求人広告を見つけるんです。魚屋での経験もあったし、すぐに「これだ!」と飛び込みました。すっかり貿易のことなんか忘れてね(笑)。そこの社長にはよくしてもらいました。「お前、マグロが捌けるらしいな。だったら本部で働け!」と誘ってもらって、経営や卸しの仕事にも携わるようになって、結局その店は僕が働き出した2年間で2店舗から14店舗まで急成長したんです。最初はペーペーだった僕が、気づけば会社のナンバー2になっていた。マネージメントやマーケティング、出店の際のエリアの選定やスーパーバイザーの仕事をしながら、ついには「メルボルンに支店を出すからそこの社長になれ。永住権も渡してやる」とまで信頼してもらえたんです。いわゆる成功ですよね。……でも、そこでまた僕の悪い癖が出てしまった。「まだ日本でやれることがあるんちゃうかな?」という衝動に駆られて、結局はオファーを断ってしまうんですね。日本に戻った僕は27歳になっていました。

「SABARのフィッシュ&チップス」。あくまでサバを主役に世界各国の料理を視野に入れたメニューが揃い、それぞれの味を想像しながら楽しめる。サバのフリッターは淡白な白身魚とはまるで別物。ギュッと詰まった肉質に、独特の濃厚な旨味があふれ、「ビールのツマミ」を遥かに超えた満足感を与えてくれる。

秋サバよりも秋サンマ。寒サバよりも寒ブリ。サバは華やかなスターの陰に隠れた存在なんです

 絵に描いたような成功とグローバルな実戦経験を得て、いよいよ凱旋帰国した右田さん。ついに「SABAR」の誕生か!?……と思いきや、ここからまさかの転落を味わうことに……。

日本酒は、すっきりと淡麗なものからどっしりとした米の強さを感じさせるものまで。今日はどの酒を合わせるかと迷わせるのも「とろさば」の旨さがあってこそ。カラフルなマリアージュを心ゆくまで楽しみたい。

 どん底の人生が待っていました。日本に戻って最初にした仕事が、怪しげなネットワークビジネスだったんですね。本当に世間知らずでした。「きみなら絶対儲かるよ!」なんて巧いこと言いくるめられてしまって、たったの1年で貯金を使い切ってしまったんです。その後も保険会社の飛び込み営業なんかをやってみたんですけど、うまくいかなくて、最後の最後は歩合制の月給が3万5千円……。しかもその頃、日本で待ってくれていた彼女と結婚して、お金はないのに子どもはふたりもいるという状態。彼氏がオーストラリアで成功して、やっと帰ってきたと思ったらそんなことじゃ、まったく笑えないですよね。

 また飲食をやってみようと思いついたのは、30歳の時でした。暗い表情で街を自転車で走っていたら、コンビニの隣に飲食店用の空き店舗を見つけたんです。シドニー時代の勘も働いて、「ここなら絶対に流行る。魚を扱う原点に戻ってみよう」と、なんとかお金をやりくりして、大阪の淀川区に「笑とり」という店を始めたんですね。そしたらそれがむっちゃ当たったんです。もう、連日大満員。その店の一番人気というのが、今の僕の原点である「鯖寿司」。シドニー仕込みの方法でつくったもので、これを目当てに遠方から来てくれるお客さんもいるほどの名物になりました。

「わたしがサバ博士(実在)です!」の文字も眩しいSABARのグランドメニュー。「サバイク」に乗る右田さんの勇姿も。

 妻が「あなたのやりたいことをやったら」と言ってくれたのは、本当にありがたかったですね。彼女の口癖は「どうせやるんだったら、楽しく好きなことをやろうね」なんです。妻も僕の鯖寿司のファンで、冗談交じりに「あなたの料理の中で唯一美味しいわね」なんて励ましてくれた。そこから「サバ1本に賭けてみよう」と奮起して、まずは鯖寿司専門の「鯖や」を創業しました。最初は出前のみで、妻がスケッチブックに「こんなので配達したら面白くない?」と描いてくれたのが、「サバイシクル」という自転車の絵で、そのアイデアから生まれたのが、「サバイク」。走ってる姿が面白いと話題になりました。その後も「サバババーン」というテーマソングをつくったり、『家庭のさば』という本を自費出版したり。そもそも「鯖や」の「や」を平仮名にしたのも「そのほうがインパクトがある」という妻のアイデアなんです。すべてを裏で操っているのは、実は彼女なんですよ(笑)。

これこそが右田さんの原点である鯖寿司。銀座店では、断面が着物の袖のような形になることに由来する小ぶりの押し寿司にして今回のヒトサラ「大とろ鯖小袖棒寿司」も選ぶことができる。ほどよく締まった酢飯、胡麻、しそ、生姜の香りが食欲をそそり、大とろさばの上質な脂は焼き目をつけることでよりジューシーに。

 サバって、誰もががよく知る大衆魚でありながら、すごく興味を持たれているというわけではないですよね。「サバ、最近いつ食べた?」と訊かれて即答できない人も多いと思うし、調理法だって、パッと思いつくのは、煮付け、塩焼き、せいぜい竜田揚げくらい。魚の消費量で見ても、全国9位に甘んじている。知名度のわりには食べられていないんです。その最大の理由は、まだまだ外食産業で使われることが少ないからだと思うんですね。サバにももちろん旬はあって、秋は東北の「秋サバ」、冬は九州の「寒サバ」が美味しかったりするんですが、どちらも「秋サンマ」や「寒ブリ」というブランドに押されてしまっている。サバは華やかなスターの陰に隠れた、控えめな存在なんです(笑)。
 僕はそこに目をつけたんです。たとえば〆鯖を押し寿司にした「バッテラ」って、スーパーでは300円くらいで買えますよね。ところが京都の有名店では1本5000円で売られていたりする。安価な大衆魚であるいっぽうで、大分の「関サバ」は、これまた1本5000円くらいで取引されたりする。付加価値によってこんなに価格に差が出る魚って、実はほかにないんです。つまり、サバにはそれだけの余力やポテンシャルがあるということなんですね。

とろさばの本領を知る上でも必ず味わいたい「サバカルテット盛合せ」。鮮度抜群の素材を、刺身、〆鯖、漬け、燻製の4種で食べ比べることができる。

「鯖や」からサバ料理専門店「SABAR」へ。サバに人生を賭した瞬間から始まった快進撃

「これが僕の正装です」。「鯖や」のネーム入りジャンパーは右田さんの覚悟の証。

 そんな右田さんが、サバ料理の専門店を開業するのは、必然も必然。「サバへの飽くなきチャレンジを続けようと決めて、創業9年。こんな僕が、まったくブレずにサバ1本でやり続けてこられたのも、この食材の素晴らしさのお影です」。右田さんのそんな言葉には、幸運にも人生をかけて没頭できるものに出会えた者が持つ、情熱的な響きが含まれていた。

「SABAR」の1号店は大阪の福島で、この銀座店が10店舗目になります。もちろんすべてがサバ料理の専門店で、徹底してサバと野菜しか使っていません。定番メニューは全店共通ですけど、コンセプトはどの店舗も違います。ここはサバの鍋がメイン。サバ節の出汁に、サバの魚醤、サバの脂、そこに38種類の野菜をコトコトと炊いたスープを合わせたものを味のベースにしています。定番はしゃぶしゃぶですが、すき焼き、もつ鍋、チゲ鍋、タイ風のタイしゃぶなど、いろんな味覚を用意していますよ。
 ほかの店にも、うなぎの蒲焼とまったく同じ製法でつくる「さば重」や、ルイベ状の「氷温刺身」など、そこでしか食べられない料理を必ず置くようにしています。サバを1本量り売りして好きな料理法で食べてもらったり、「サバ -1グランプリ」と銘打って、全国のご当地料理にアレンジしたサバが食べられるようにしたり、エンターテインメント的にも楽しんでもらえるように。今度大門にオープンする店は「サバ宮城(さばぐうじょう)」がテーマ。開けると煙が出てくる「サバ手箱」を出そうと計画しています(笑)。
 サバって回遊魚なんですよ。だからお客さんにもいろんな味を求めて回遊してもらいたくて、日々必死で新しいメニューを考えてますね。

とろさばしゃぶしゃぶ鍋。大ぶりの切り身をさっと3秒ほどダシに通し、旨味を活性。右田さんが「同じしゃぶしゃぶでも、フグやタイより旨いと思いますよ」と薦める通り、驚くほど香り高く濃厚なダシと、生でも食べられる特上の脂が身体中を駆け巡る!

 ただでさえ制約のある「サバ専門店」でありながら、全店舗のコンセプトが違うなんて、ハッキリ言って尋常ではない。サバを愛し、サバに愛された男だからこそできる偉業である。とはいえそのアイデアが枯渇することはないのだろうか。

 正直苦しいですよね(笑)。だけど、サバしかないのに、コンセプトまでが全店舗共通だったら、もう、終わりじゃないですか?(笑)。僕が信頼しているデザイナーの女性がいるんですけど、その人がすごくブッ飛んだ発想の持ち主で、「新しいお店出そうと思うんだけど」と相談すると「またですか?」なんて呆れられながらも、すぐにおかしなトークが始まるんですよね。そこに正気の話はほとんどないです(笑)。言葉も「サバ的に考えるとさ~」みたいな(笑)。でも、いつもそんなやりとりにヒントが隠れていて、僕らはそれをひとつひとつカタチしてきたんです。ちなみに僕らの目標は、サバのテーマパーク、「サバーランド」をつくることですから(笑)。

続・とろさばしゃぶしゃぶ鍋。サバの脂が溶け出すことにより玄妙な味わいに仕上がったスープにうどんを投入。あぁ、鍋の締めがある国に生まれてよかった……。

3月8日は「サバの日」。鯖寿司を食べる国民的な行事にしたいんです

 それにしてもSABARの「とろさば」は、なぜここまでに旨いのか。

 僕の定義する「とろさば」は、まず身の柔らかな東北のサバであること。九州のサバはもっと身がコリコリとしていて、同じサバでも質が違う。次に、21%以上の脂質を持つこと。だいたい身が500グラムを超えてくるとそのくらいの脂質になってくるので、うちでは重さを550グラム以上と定義して、それらの条件が揃ったものを「とろさば」と呼んでいます。身が甘くて、口溶けがよくて、一度食べれば必ず違いに驚いてもらえると思います。中には「奇をてらったようなコンセプトの店ばかりを次々と開店させてなんやねん?」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、一度でもうちに来てもらえさえすれば、「あれ? 本物やん!」と納得してもらえるはずです。奇抜な遊びの部分と、本物の味覚。それが合致したときの感動というのを味わってほしいと思っています。

 本物の素材からくる、絶対の自信。しかし右田さんのサバ愛は、現状維持には満足しない。さらなる美味を持ったサバの養殖、サバの地位向上など、夢を語る男の話は途切れることがなかった。

 昨年の6月から、JR西日本さんと協力して、鳥取県で「お嬢サバ」というサバの養殖プロジェクトを始めているんです。地下海水を汲み上げた無菌状態で養殖しているもので、まったく臭みがないし、寄生虫もつきようがない。だから通常では絶対に食べられない白子までが食べられる。フグの白子よりも濃厚で、めっちゃうまいっすよ。僕らはこれを2017年を目標に世に出していく予定で、「SABAR」で提供するのはもちろん、現地で養殖場を見学しつつ、その場で釣って食べられるような施設をつくること、鯖寿司などに加工して販売することなど3つの販路を考えています。ほかにも、さっきフィッシュ&チップスとして食べてもらったフリッターの製法を進化させた、サバのすき身の「サバナゲット」というのを開発していて、これを子どもの身体にも安心のおやつとして、ゆくゆくは全国のコンビニで販売したいと考えています。
 僕はこうした活動を続けることで、サバの概念、価値観自体を変えていきたいと思っているんですよ。グルメサイトの検索項目にも「サバ」を加えたいし、「焼肉いく?」みたいな感覚で「サバいく?」みたいに盛り上がれる、食のジャンルとして確立させたい。最終目標としては、3月8日を「サバの日」と制定して、たとえば節分の恵方巻きのように、みんなが鯖寿司を食べる国民的行事の日にできたらいいなって。こういう話は誰に話しても「アホか」の夢物語で終わっていたんですが、やっとみんながサバに可能性を感じ、僕の話を聞いてくれるところにまでこれたんです。この夢はきっと実現すると信じてますよ。

 熱い男の夢には、熱い直球で応えたい。やはり最後の質問はこれしかないだろう。ずばり、右田さんにとってのサバとは?

 自分の一部ですね。うちの店の組織図って、僕じゃなくサバがトップになってるんですよ。サラリーマンって、すごい業績を上げたとしても、それは会社の手柄になりますよね? 僕も同じです。サバの地位向上のために働いているんです。僕がどれだけ頑張ったとしても、すべてはサバの手柄なんですよ(笑)。

とろさば料理専門店 SABAR 東京銀座店 中央区銀座8-3-1 GINZA TOKIDEN B1
03-6264-5638
営業時間:11:38~14:00/17:00~23:38
定休日:日曜日/祝日

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