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ヒトトヒトサラ

あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。

ヒトトヒトサラ43 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 / 2016.12.02 ヒトトヒトサラと道府県:盛岡(後編)冷麺! じゃじゃ麺! わんこそば!盛岡三大麺紀行!(と長い寝酒)

「ヒトトヒトサラと道府県(=地方編)」の記念すべき処女航海は、盛岡!
縦へも横にも伸びる岩手県の心臓部にして、前沢牛に白金豚、三陸わかめに南部せんべいなどなど、広く深い食の快楽が詰まった「うめぇな~!」の楽園であり、また、言わずと知れた「んまい麺」の坩堝(るつぼ)でもある。
華麗なるわんこそばの深淵に触れた「直利庵」、そして盛岡冷麺の真髄を求めた「盛楼閣」に続いての目的地は、オープン1年目にして地元ソウルフードの急先鋒としてファンを集める、「羽琉(はねる)」。三大麺のラストを飾る「じゃじゃ麺」のブライテスト・ホープである。
とはいえ集合はオープン前。まずは名門「あさ開」の酒蔵見学から!

幸運にも「八幡宮祭り」の初日に当たる。山車や太鼓の気勢に触れながら街を歩くと……
午後からの人混みに仕込みを始めた民家改築タコ焼き屋台「八くん」の蛍光色が目に留まる。
ここのメニューは3個100円の「幼稚園」から60個2000円の「おじいちゃん」と続き、最大90個3000円の「お父さんの愛(スル)人」まで。「味は平成 価格は昭和」の謳い文句に嘘はない。
腹ごなしに「小学生(6個200円)」を買い食いしていると、とことん気さくな大将が「これも食べていって!」と、ひとつ100円の大判焼きをふたつ手渡してくれる。結局タダの計算になったが大丈夫なのだろうか……。

5軒目:盛岡市大慈寺「株式会社あさ開」

 城下町の面影も色濃い大慈寺町の街並みを抜け、永泉寺近くの「株式会社 あさ開」へと向かった取材班。残念ながら酒蔵の内部は撮影不可であったが、格式とテクノロジーが同居する酒の帝国は、見応え十分。薄暗くひんやりとした回廊に、スリッパの音を響かせてきました。

 この時期はちょうど新しい酒づくりが始まるところです。ここ「昭和旭蔵」は熟練の職人たちが、精米、蒸米、発酵、圧搾、瓶詰めから出荷までをおこなう蔵で、南部杜氏の職人魂を受け継いだ昔ながらの手づくり工程と、数々の新鋭テクノロジーによる近代工程のふたつを有しています。このふたつの工程は、お酒の出荷まで混ざり合うことがなく、完全にセパレートされています。
 手づくりの工程は、おもに新酒の発表会などに出品する限定酒や、研究員による新商品の開発に充てられています。機械の工程は、それら研究成果をオートメーション化したもので、1回で15トンのお米を仕込めるタンクなどの設備があります。このタンクからできるお酒は一升瓶にして約3万本。わたしたちが1日にコップ1杯ずつ飲んだとしても、825年かかる計算になりますね。

「だったら1日15杯ほど飲めば……」という夢物語を、米やこうじなどの原材料を運ぶ巨大なエアシューター、酒の顔を貼りつけるラベラー・マシンのスケール感が嘲笑う。まさにここは「大人の学校」であり、「全国新酒鑑評会25回連続入賞(歴代最多)」という戦歴は伊達ではない。そしてまた、試飲スペースの充実も素晴らしく、起き抜けの1杯が喉に胃袋にジンと染み渡る。

「あさ開」を代表する定番のラインナップを楽しんでいただいた後は、1杯300円の有料試飲で限定酒もお楽しみいただけます。量り売りの生原酒などはバスガイドの方たちにも好評で、「仕事が終わるまでお取り置きを!」なんて声も多いんですよ(笑)。

明るく広々とした試飲スペース。
写真右上は山田錦を使用した平成28年度の金賞受賞酒。写真右下は岩手産酒造好適米「吟ぎんが」の精米度を展示したサンプル。「精米度50%」ということは、米の半分を家畜や大地に分け与えた酒、ということになる。

 原材料を眺めながらのカップ酒。各種名産品の試食、購入。これもまた「せんべろ」の理想郷? こうして2日目の酒宴は軽快なスタートを切ったのであった。

株式会社 あさ開岩手県盛岡市大慈寺町10-34 電話番号:0120-756-675(お客様相談室)
営業時間:9:00~16:30(受付16:00まで)/冬期(11月下旬~3月下旬)9:00~15:30
休館日:12月31日・1月1日

6軒目:盛岡市上田「羽琉」の「じゃじゃ麺」

 南部杜氏の眼差しや米の湯気。そんな情景を噛み締めながら、たっぷりと「食前酒」を済ませた我々は、いよいよ「じゃじゃ麺」との対面へ!
 この麺の発祥は初日の居酒屋「中津川」のお隣で威光を放っていた「白龍(ぱいろん)」の初代店主である高階貫勝氏が戦前の満州から持ち帰った「炸醤麺(ジャージアンミエン)」改め「ジャージャー麺」を、盛岡人の舌に合うようアレンジしたものとされているが、この「アレンジ」のフィニッシュが、客の手にまで委ねられているというのがまた独特の麺であり──
 と、素人の解説がこれ以上回りくどくなる前に、「羽琉(はねる)」の店主・工藤英昭さんの話をお訊きすることにしよう。

降り出した雨に濡れる「羽琉」の外観。築56年の古民家を店主自らカフェ・スタイルに改築。しかし店内にお邪魔すれば……
まるで旧友の実家に招かれたような懐かしさ! こぬか雨の酒もまた絶品なのだ。
工藤英昭さん。「〈直利庵〉と〈盛楼閣〉を廻られたのであれば、じゃじゃ麺は当然〈白龍〉になるはずなんですけど、本当にウチなんかでいいんですか?(笑)」
注文はセルフサービス。付箋に書かれた番号を呼ばれたら、厨房まで取りにいく。まるで学食のような気軽さが楽しい。 ずらり並んだ調味料。じゃじゃ麺にとって、客席はもうひとつの厨房なのだ。 じゃじゃ麺にはやっぱりビール! 小皿のじゃじゃ味噌を舐めながら待つ。

 僕は盛岡育ちなので、じゃじゃ麺は完璧なソウルフードなんですよ。もちろん「白龍」も好きですし、あとは初代の「ぱんだ食堂」というのが学校の近所にあったので、そこの閉店を知ったときは週3ペースで通い詰めましたね(編注:現在はリニューアルし営業中)
 じゃじゃ麺の特徴はやっぱり「じゃじゃ味噌」で、それをほかの具材や薬味、麺と混ぜながら食べるというものなんですけど、専門店でもそれぞれに味噌の調合や麺の茹で加減、薬味の種類はまったく違いますし、テーブルに置かれた調味料をかけて食べるというのが前提なので、好みの店を選ぶのはもちろん、その店のじゃじゃ麺をどう食べるかという部分にも十人十色の流儀が生まれるんです。こっちの人間はそうやってこの麺にハマっていくんですよ。
 もちろんそのレシピはお客さんだけのものですから、「その店の自分なりの食べ方」でしか味わうことができない。そんなところが「真のソウルフード」と呼ばれるゆえんだと思うんですね。

「ソウルフード」の起源を探るとき、その歴史はアメリカの奴隷制度にまで遡り、豆や芋など安価な食材を調理したものということになるのだが、飽食の現代では、自分の生まれ育った地域や環境に密接な「思い出の味」を指す言葉として、広義に使われるようになっている。
 しかもその味が、「お店」と「自分」の共同作業によって生まれる「黄金レシピ」であれば、なおさらその「思い出」は強くなるはずで。


 だからこそ、うちは調味料のひとつひとつにもこだわるようにしています。「南蛮醤油」は青唐辛子を酒と醤油に漬け込むことで青臭さを抑えたもの。これと「羽琉ラー油」はうちのオリジナルで、どちらも濃厚でパンチが効いています。ニンニクは青森県の田子(たこ)産のもので、胸焼けもしないし香りもいい。生姜汁や酢もうちの麺に合うものを厳選しています。
 麺といえば、うちのはまったく違う製麺所から、きしめんのように平べったいものと、断面が円に近いものの2種類を頼んで混ぜることで歯ごたえの複雑さを出しています。「じゃじゃ味噌」にしても、ベースとなる味噌は2種類。それを混ぜたものに鳥挽肉を加えることでマイルドにして、さらに黒ゴマや生姜、にんにくなど20種類の調味料を混ぜ込んだものなんですよ。
 一般的なお店は味噌に豚肉を使うことが多いんですけど、うちは毎日でも食べたくなるような優しいコクを出したかったので、鶏を使ってみたんです。たまたま入ってきたイスラム教徒のお客さんに、「え? ここ鶏なんですか? じゃあ食べられる!」と喜んでいただいたこともあります。
 はい、これが「中盛り」です。底からよくかき混ぜて食べてください。

じゃじゃ麺。工藤さんの「流儀」を尋ねたところ、「僕は辛党なので、中盛りに酢を3周、ラー油を2杯、南蛮醤油を2杯。夏場は酢の量が少し増えますね」と、流れるような解説が。
酢を回しがけ、せっかくなのでにんにくも加えてひと口! すでに旨い! 旨すぎる!
「羽琉ラー油」も加え、なるべくグルグルとかき混ぜて……
完成! ひとまずこれが初心者のベストかと思う最高の出来栄えである。
「うちは家族連れのお客さんも多いので、いろんな使い方をしてもらえるように」と、テラス席にはブランコ・チェアーが。 冬場は暖炉に薪が。しかし夏場は常連たちの熱気で冷房も効かないほどなのだとか。

 2種類の麺に、キュウリやネギや胡麻、そしてたっぷりと盛られたじゃじゃ味噌。ただでさえ情報量の多い平皿に、こだわりの調味料。これほどに楽しく、また忙しいランチというのも珍しい。麺の表面に絡みつく味噌はこってりとしながらも後味が軽く、ラー油や南蛮醤油による劇的な「味変」は、さらにビールを飲ませる。
 ところで、客の嗜好によりこれだけに味を変える「逆算的なレシピ」を、確固たる羽琉ブランドとして完成させた工藤さん。味噌の調合ひとつをとってみても、無限の選択肢があったと思うのだが、ここには科捜研や調香師顔負けの確かな「答え」がある。いかにして工藤さんは、この難解な味のパズルを解き明かしていったのだろうか。


 それはやっぱり、自分が食べる姿であったり、食べたいものを追求していったからだと思います。僕は単なるじゃじゃ麺狂いで、まったくの素人から始めてるんですよ。こっちだとスーパーにも自宅用のセットが売っているので、最初は自分の食事としてつくっていたんです。多いときは週5ぐらいは食べてましたね。そこから製麺所の麺を使い始めたのが3年ぐらい前のことで、いろんな人に試食してもらって、「この味ならいけるんじゃない?」となったのが2年前のこと。この店のオープンは1年前ですから、まだまだ新参者なんです。
 でも、新参者だからこそ自分なりのオリジナリティで勝負したいという気持ちも強くて、麺にしても調味料にしてもどんどん単価が上がっていってしまって(笑)……この近くには岩手大学があるので、そこの学生たちにはお腹いっぱい食べてもらいたいから、麺の量だって減らせませんしね。うちは1.5玉で「中盛り」ですし、中には3玉の「特盛」を頼む子たち──僕は「特盛チーム」って呼んでます(笑)──もいるので。締めの「チータン」を含めると相当なボリュームになりますけど、彼らは本当にペロッと平らげてくれるんですよね。

「チータン」を調理中。もちろんこれもセルフで楽しむ。
「チータン」とは、麺を食べ切らずに残した皿に、生卵を落としてかき混ぜ、厨房に戻すことで完成するスープのこと。麺の小麦と塩気が溶け出した茹で汁を注いでもらうことで、これもまた、自分だけの味わいの「締め」となる。
ここにきて効いてくるのが皿のヘリにペトッとつけられた紅生姜。爽やかな口直しでありつつ、その昔、寺の修行僧が1枚のたくあんとお茶で自らの食器をきれいに洗うよう食事を終えたという「洗鉢」の伝統までもが「締めのチータン」には生きている(のかもしれない)。

「特盛チーム」は本当によく食べてくれましたね。彼らにも、ゴマ抜き、きゅうり抜き、ネギ抜きとか、それぞれの注文があるのが面倒くさいけど面白い(笑)。ある日、ゴマ抜きの子が切羽詰まった顔をして現れて、「就職が大阪に決まりました……今日で最後です……」なんて嘆くものだから、特別にお祝いをあげたり。その子はこないだ結婚も決まったんですけど、盛岡の結婚式場の予約の前に、まずうちが営業してるかどうかを確かめに電話してきたぐらいなんですよ(笑)。
 あと、最近はじゃじゃ麺のほかに「羽琉まぜうどん」という新しいメニューも始めているので、それの「小」とじゃじゃ麺の「小」をふたつ食べる人もいますし、まぜうどんの「大」を頼んで、具をすべて混ぜ切らないうちに麺を少しよけておいて、フリーのじゃじゃ味噌を混ぜて小さなじゃじゃ麺をつくっちゃう人とか。僕にその発想はなかったので、「ほー」っと感心したりして(笑)。
 うちはまだ1年ちょっとですけど、これからもこんなエピソードはたくさん出てくるでしょうね。

新メニュー「羽琉まぜうどん」。海苔、フライド・オニオン、フライド・ガーリック、魚粉、そして鶏油(チーユ)で炒めた鶏肉がどっさり。また、中央には卵黄があるので……
「チータン」用の卵は卵白のみ。なんとも合理的かつ鉄壁の栄養バランス!
もちろん「羽琉まぜうどん」も混ぜに混ぜて。

 1杯目のじゃじゃ麺とともに、これもまた「思い出すと我慢のできない味」の羽琉まぜうどん! 工藤さんの「何日も連続で交互に食べ比べるお客さんもいます」という言葉にも納得の極上麺だ。
 しかしこれだけにオリジナリティにあふれた味にも関わらず、工藤さんの展望は「ひとり勝ち」には留まらない。むしろ、「いろんな人にいろんな店の味を食べ比べてもらい、じゃじゃ麺という料理の可能性を全国に問い、広めたい」という。


 ひいき目をナシにしても、盛岡の食文化は充実していると思います。ただ、「名古屋めし」や「大阪くいだおれ」のように、いまいち地域のカラーというのは推し切れていないと思うんですね。たこ焼きやお好み焼きは全国区ですけど、じゃじゃ麺はローカルすぎて食べたことのない人がほとんどだと思うので、まずはどこでもいいから専門店の味を試してみてほしいと思います。
 東京だと三軒茶屋に「じゃじゃおいけん」という盛岡出身の人がやっている店がありますし(現在は大久保と浅草にも支店がオープン)、銀座には「いわて銀河プラザ」という盛岡のアンテナショップがあって、そこには白龍‎の持ち帰り用が売っています。もちろん僕の夢も全国進出です。味噌文化やきしめんが受け入れられそうな名古屋あたりから始めて、僕が引退する頃には、この味が「日本人みんなのソウルフード」になっていればと思いますね。

じゃじゃめん家 羽琉岩手県盛岡市上田4-4-4 電話番号:019-619-0228
営業時間:11:00~14:30/17:00~20:00 定休日:不定休

【次ページ】最後は盛岡の歴史を生き抜く古き良き銘店へ。
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時澤勝之助さんの
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