あの店のヒトサラ。
ヒトサラをつくったヒト。
ヒトを支えるヒトビト。
食にまつわるドラマを伝える、味の楽園探訪紀。
ヒトトヒトサラ47 / TEXT+PHOTO:嗜好品LAB ILLUST:山口洋佑 2017.1.31 【ヒトトヒトサラと道府県:小樽(前編)】寒いから旨い! 旨いけど寒い!冬の小樽を飲み尽くす、よだれも凍る強行軍
2軒目:小樽市稲穂「なると 本店」
買い食いは充実したものの、今度は酒が切れた。そろそろ落ち着いて飲みたい。そんな渇望を迫力満点の「若鶏半身揚げ」で受け止めてくれる名店が、「なると」だ。ジューシーな若鶏を鉄壁の四番バッターに据えたメニューの数々には、キンと冷えた大ジョッキがよく似合う。ここは小樽人の間では有名すぎるほどの名物店であり、年間365日、家族連れや観光客で賑わう町のシンボルでもある。
胸肉、もも肉、手羽、そして骨や血合いまでをひと皿で味わい尽くせるこの味の虜になり、ファン代表の気持ちで入店したという看板スタッフ、佐藤麻衣さんに話を聞きました。
もともとわたしは飲食系の仕事をしていたんですけど、ある日デパートの催事場で働いていたら、すごい行列をつくっているブースがあって、それがこの店の「若鶏半身揚げ」だったんです。わたしの生まれは十勝のほうなので、食べたのは生粋の小樽人よりもだいぶ遅れてでしたけど、一発でファンになって、「あの店で働きたい!」と衝動的に飛び込んでしまったんですね。
そんなわたしが言うのもなんですけど、半身揚げの注文を見れば、その人が小樽人なのか、よその土地からきた観光の方なのかというのがわかるんですよ。小樽人は、ひとりでひとつ。これを誰かと分けるということはしないですし、子どももある程度の年齢であれば、丸々食べちゃうんです。
持ち帰りの注文もすごく多いですし、お客さまも混雑する時間帯などのことをわかってらっしゃるので、「揚げといて~」と電話注文される方もいらっしゃいますね。夏はビールでこれ。クリスマスのチキンもこれ。お正月もこれ。お誕生日もこれ。はい、小樽人は1年中この鶏を食べているんです(笑)。
ジャーン! これが佐藤さんの人生を変えた「若鶏半身揚げ」である。下味は塩胡椒のみ。ただしそこから1日を寝かせ、皮の脂にじっくりと味を染み込ませたのち、高温の大豆油で素揚げにする。その後、火の通りにくい胸肉の部分に包丁を入れ、2度揚げにする。ただこれだけのシンプルな料理なのに、1日平均400個、クリスマスや大晦日には600個近くを売り上げるのだという。
この世に「唐揚げが嫌い」っていう人はあまりいませんよね。誰もが子どもの頃からの大好物だし、宗教上の理由で牛や豚がダメという外国の方にも喜ばれますし──たまに母国の調味料を持参していいかという方もいらっします(笑)──たぶん世界中で食べられてきた料理だと思うんです。そんな中、たぶんうちの味というのは、みんなの記憶にある「唐揚げってこれ!」みたいなところに訴えかけるんじゃないですかね。シンプルだからこそ、鶏自体の美味しさもわかりますし、余計なスパイスを加えていないからこそ、思い出すとまた食べたくなる「定番」として残っているんだと思うんです。
うちの店のキャッチコピーは「変わらないから美味しい」です。お盆で帰省してきた人の反応なんかを見ていると、こっちまでうれしくなりますね。大声で「これこれ! これが足りなかったんだ!」と涙目で食べてくださるので。
「なると」のもうひとつの名物は衣のついた唐揚げ≒ザンギだが、あえてここは「若鶏ネック揚げ」を追加注文。これもまた、首肉ならではの透明な脂に塩胡椒のみの合気道的調理が決まった予想的中の……いや、予想を遥かに超えてくるパンチ力! 骨からスッと抜ける身離れのよさもあり、右手にこれ、左手にジョッキの鉄板フォーメーションで無限に飲めるのではないか? と、酒宴の士気も高まる。
どれも美味しいですよね! わたしも今はレジやホールの仕事をしていますけど、忙しい厨房を見るたびに、将来的には自分の手で揚げてみたいなぁ、なんて思ってます。このお店のことならなんでもやってみたいと思ってるんですよ。
なると 本店北海道小樽市稲穂3-16-13
電話番号:0134-32-3280 営業時間:11:00~21:00 定休日:なし
3軒目:小樽市稲穂「中華食堂 桂苑」
「なると」で寿司(炭水化物)を控えたのには理由がある。夜はガッツリ中華で! 盛岡のソウルフードが「じゃじゃ麺」ならば、小樽のそれは「あんかけ焼きそば」なわけで! と狙いを定めていたからだ。話を聞いたのは、昭和20年代の発祥当時からこのメニューに携わり、39年に「桂苑」をオープンさせた偉大なる父、澤田満雄さんの味を引き継ぐ二代目店主、初さん。しっかり厨房にも入らせていただきました!
この店はうちの親父が始めて、もう53年目になるのかな。親父はもう引退しているんだけど、太平洋戦争が終わった頃に、この隣にあった「レストラン ロール」という店に勤めていて、そこで中華料理の手ほどきを受けたことで独立したんですよ。当時はここの大家さんが煎餅とか駄菓子を売っていて、あのカウンターを挟んだ向こう側で親父のラーメンが食べられる、そんな店でした。
「あんかけ焼きそば」はうちが元祖ってわけではないです。ただ、立役者のひとりであることは間違いないです。正確な発祥というのはまだ曖昧なままなんですけど、自分たちが協力している「小樽あんかけ焼きそば親衛隊」の情報網なんかで調査を進めていくうちに、うちの親父は北海道では一目も二目も置かれる料理人だったことがわかって。……正直、当時の親父はすごくおっかなかったですね(笑)。
まだまだ貧しかった日本を生き抜いた庶民派中華のパイオニアは、幼少期の初さんに「お前がこの店を継ぐんだ」という言葉を浴びせ続けたという。
だから店に入った頃は怒られてばかり。今から思えば、それだけこの店に愛着があったというのがわかりますけどね。自分はそういう親父の背中を見ていたから、希望も捨てたし余計な夢も見なかったけど、身内だけに教わっていたんじゃ発展はないと思って、東京の中華に修行に出たこともあります。やっぱりよその釜の飯を食わないと、自分のことは見えてこない。親父にしてみれば、寄り道なんかしないで早くうちの厨房に立て、みたいな気持ちもあったかと思いますけど、そこは自分の想いを伝えることで納得してもらってね。
桂苑のあんかけ焼きそばの特徴は、中華麺をとにかくよく焼くこと。この工程が溶岩のような「あん」の強さにも負けないカリッと香ばしい食感につながる。
まずはそれを皿に盛り──
真っ白な湯気とともにテーブルに運ばれた「あんかけ焼きそば」は、神々しいまでの迫力と照り。オイスターソース/醤油味の濃厚なトロみが、しゃっきりプリプリの具材とカリカリモチモチの麺とをひとつにまとめ、腹の底から力の湧く、褐色のガッツリ飯となっている。
小樽あんかけ焼きそばに定義とかルールというのはなくてね、あくまで各店のオリジナルなんです。僕が旨いなって思う「朝里川クラッセホテル」のやつは塩ベースの白いものだし、牡蠣を乗せている店、紅生姜をかけている店なんかもあって、むしろうちのは特徴がないほうだから、取材する側のみなさんにしてみれば、やりにくいんじゃなって思うんですけどね……。
いやいや僕らが欲していたのは小樽人のDNAにまで侵食した、心意気のゴールデン・クラシック! 奇をてらわずに当たり前のように旨い、ストレートの豪速球。
事実、桂苑の味は、初めて食べるはずなのに、どこか懐かしい。祖母に手を引かれ、低い目線で眺めた中華料理店のテーブルまでが脳裏に蘇る、優しさや安心感があるのだ。
うん。これは声を大にして言いたいわけじゃないんですけど、自分の役目は昔ながらのこの味を守り続けること。親父の代からのお客さんに「相変わらず旨いねぇ」って言われるのが最高の褒め言葉ですね。創業当時は醤油よりも塩のほうが圧倒的に安いから、うちもこういう味ではなかった。それが、おふくろのアレンジや常連さんたちの意見を少しずつ取り入れながら、長い時間を経てここまで育ってきた。そういう歴史があるんです。
もちろんそれはうちの店だけに言えることではないと思いますね。B級グルメのブームに便乗して新しく出店した店なんか、小樽にはほとんどないんじゃないかな。
中華食堂 桂苑北海道小樽市稲穂2-16-14
電話番号:0134-23-8155 営業時間:11:00~20:30 定休日:木曜日
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