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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ17 / TEXT:竹田聡一郎 PHOTO:内海裕之ほか雑魚釣り隊写真部 / 2015.10.30 椎名誠率いる無目的野営集団・雑魚(ざこ)釣り隊は、無意味に台湾に出かけ、ローカル・ビールをアホほど飲んだ──竹田聡一郎

 作家・椎名誠が主催する「怪しい雑魚釣り隊」という組織があって僕はそこのメンバーである。
 ただ、組織ったって明確な部門や高邁な目的や厳格な規則があるわけではない。定例会も入隊金も会報もない。あえて言うなら海に出かけて女人禁制のキャンプを張って無意味にダラダラと酒を飲む、くらいが継続して実行していることだ。
 もともとは「つり丸」という沖釣り情報誌にその釣行記を連載するために結成されたものだったのだが、企画人の樋口タコの介という軟体動物的編集長が「シーナさん、実は釣りなんてどっちでもいいんです。昔みたいにテントかついで、無茶苦茶なキャンプをやってくださいよ」というナメたオファーをうっかり出した。
 実直かつ単純明快で行間や言葉裏を読むのが苦手で面倒な椎名隊長は「おおし、いい度胸だ」と、これを快諾し、「釣り人が獲物をレンズの前に突き上げるのは自慢臭くてバカみたいだ」とか「築地で買うマグロがいちばんうまい」とか「寒いから釣りなんかしないでコタツで熱燗を飲みたい」とか、およそ釣り情報誌に書くべきではないホントに無茶苦茶な釣行記を綴ってきた。書くほうも載せるほうもどうなのか、と思う。
 しかし、その無茶苦茶がウケたのかどうか定かではないが、05年にスタートしたこのニッチな連載は、一昨年、釣り情報誌からなんと小学館「週刊ポスト」にメジャー移籍を果たし、さらに多くの人に知られることになった。今年は結成10周年も迎えた。

 通常は砂浜でキャンプをするが、「風光明媚な太洋を臨むキャンプ場。炊事場水洗便所電源有り」なんて場所は選ばない。海岸というより海っぺりという表現がふさわしい、人影のない浜のそのまた死角にテント村を出現させる。
 その日の釣果を肴に宴会が始まるわけだが、大物が釣れなくても極小豆アジは唐揚げにすると最高のビールのツマミになる。そのうち「名前もないような魚でも鍋にブチ込みゃダシは出る」というモットーの下、雑魚鍋が登場する。前段の椎名隊長の言葉どおり、近所の市場やスーパーで地魚を買ってくることだってある。
 万事にあまりこだわりない雑魚釣り隊だが、ビールだけはギンギンに冷えてないとならない。「撒き餌と氷はケチるな」を合い言葉に、正午過ぎからクーラーボックスにロックアイスをギチギチに押し込んで冷やしておく。日没と競うように乾杯だけは全員で揃って行い、あとの飲み方は自由だ。

 冒頭に書いたように、基本的には無意味無目的無秩序の集団ではあるが、酒について暗黙の了解はある。それぞれの裁量で好きなものを好きなだけ飲むこと。一応、年齢における序列は存在するのだが、酒に関しては平等だ。誰かが珍しい日本酒を仕入れてくると飲みたい者で均等に分け、数少ないスコッチなどは厳かにジャンケンが行われることもある。
 作家で最年長者の椎名さんに担当編集者が「隊長、ついでに僕のビールもとってください。(クーラーボックスの)一番底のガチ冷えがいいです」などと言う、文芸の世界ではおそらくあってはならない光景もしょっちゅうだ。
 お酌も決してしない。時々、新入りが椎名さんに酒を注ごうと試みるのだが「焚き火の周りでウロチョロすんな」と絶対に誰かに怒られる。一般社会人としては目配りのできる人材なんだろうけど、ここはそんなの関係ない。気持ち良く飲んだ者勝ちの世界なのだ。
 また、この「怪しい雑魚釣り隊」は「第三次怪しい探検隊」という別名も持ち、角川書店から『北海道乱入旅』『済州島乱入旅』という2つの鯨飲乱入紀行も残している。

 この秋、台湾に行ってきた。『怪しい探検隊ファイナル 台湾乱入旅(仮)』の取材のためである。
 台湾の南東、高雄から車で4時間の沿岸都市・台東。その市街からさらに1時間走った場所に『大草原の小さな家』に出てきそうな大きな空き家を借りた。雑魚釣り隊ほぼフルメンバーである30人弱での2週間の自炊合宿だ。
 もちろん連日、宴会である。冷えたビールは決して切らしてはいけない。たくさん飲んだ。しこたま飲んだ。ひたすら飲んだ。消費量が多すぎる。
 例えば、午前中のうちに4ケースぶん96本の缶ビールを冷やしておく。しかし、起き抜けに飲むのはまだ少数派としても、朝食の肉マンをほおばりながら飲むヤツは5~6人はいる。昼の天ぷらうどんと一緒には半分くらいのメンバーが飲む。もちろんおかわりだってする。そうして都合30人が朝と昼で平均2本飲むとすると、午後イチまでに3ケースのビールが消える計算になるのだ。
 もちろんメインは夕飯だから、その倍は必要になってくる。近所のよろず屋にビールは瓶ビールも合わせて5ダースくらいしかストックがなかったので、毎日、最寄りのスーパーに2度の買い出しを決行していた。レジのおばちゃんは「あんたら朝もたくさん買ったじゃないの」と呆れていた。
 結果、その地域はゴミをまとめて夕方に路上に置いておく回収システムだったのだが、我々の家の前だけは毎日、引っ越しの後のような量のゴミが山積していた。ほとんどが缶と瓶だった。近所で怪談のように扱われてなければいいのだが。
 台湾のローカル・ビールは飲み口が軽い。そのぶん「日本のビールよりコクがない」という意見もあるが、南の島のビールとしてはこっちのほうがベターだ、という意見のほうが多数だった。アルコール度数は5%。でも雑魚釣り隊はアルコール度数のことは、「そもそもアルコール度数ってなんだ?」「危険度だろ」「5パーだとほぼ安全ってこと?」「うん、酔わない」「じゃあ、20本飲んだらアウトなのかよ」、こんな不毛なアホ会話を毎晩、交わしながら飲み、2週間の合宿を完遂した。おかげさまで病院に担ぎ込まれる者はなく、「風が吹くとちょっと痛い」という疾患を持った数名が若干、足を引きずって帰国便に乗り込むくらいの被害で済んだ。

 さて2週間で飲んだビールは何百本だったのか、あるいは……。
 答えを知りたい方は、来春発売予定の『怪しい探検隊ファイナル 台湾乱入旅(仮)』を、ビール片手にぜひ読んでみてください。
 では、乾杯。

SIDE ORDERS :
・椎名誠『おれたちを笑え! わしらは怪しい雑魚釣り隊』(2015)
・椎名誠『あやしい探検隊 済州島乱入』(2013)

竹田聡一郎Soichiro Takeda
1979年神奈川県生まれ。ライター。ベルマーレ平塚(現湘南)の下部組織に所属してプロを目指していた経歴にしがみついて、なんとかサッカーライターの端くれになり、専門誌や一般誌を中心に取材と執筆を重ねる。著書にボール、ビール、貧乏の頭文字をとった清貧麦酒紀行『BBB ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅』や『日々是蹴球』(いずれも講談社)がある。

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