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SIDE ORDERS〜サイドオーダーズ

グラスを傾けつつ嗜みたい、酒香るエッセイにして、ヒトとヒトサラ流のカルチャー・ガイド。ミュージシャンや小説家、BARの店主や映画人。街の粋人たちに「読むヒトサラ」をお願いしました。

サイドオーダーズ31 / TEXT:久保憲司 PHOTO:嗜好品LAB / 2016.12.29 シガレット&アルコール、ミュージック──久保憲司

 80年代の始めに、ひとりイギリスまで飛び出して、たくさんのロック・ミュージシャンを撮影してきた。彼らはステージでも、バック・ステージでも、もちろんオフでも、お酒をよく飲む。ポール・ウェラーがパブのカウンターにもたれてビールを飲んでいる姿は本当にかっこよかったし、クラッシュのジョー・ストラマーのグラスに彼の汗が滴り落ちていく光景は、今も目に焼きついている。
 お酒のことを歌った曲も多いし、日本だとそれは演歌や歌謡曲の世界になるところ、いわゆる「飲んだくれ」の歌というのも慢性的にヒットしている。若き酒飲みを育てるカルチャーというものが、日本よりも根強くあるのだと思う。

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 お酒が飲みたくなるなという曲はたくさんあるが、僕にとってのいちばんはデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」。いつもBARでグダグダしているダメ・カップルも、いつかヒーローになれるかもしれないという、長渕剛の「乾杯」のような曲、違うか、でも、どちらもお酒をゴクッと飲んで、新しい道を歩もうという気にさせてくれる。

君は嫌な奴で、 僕はいつもお酒ばっかり飲んでいる。
僕らは恋人同士。
それが現実。

──デヴィッド・ボウイ「ヒーローズ」

「ヒーローズ」はボウイがロック・スターという自分に疲れ、異邦人として生きていこうとしていた時期に書かれた。そんな彼が間借りした場所は当時、社会主義の国家に囲まれた小さな都市、ベルリン。いつ崩壊してもおかしくない都市で生きる人たちに、彼は「夢はいつか叶うだろう」と希望を歌った。そして、夢は現実となった。こんなことを考えていると、お酒を飲みたくなる。

僕はいつか王様になる。 君は女王様に。
そして奴らをやっつけられる、いつの日か。
僕たちはヒーローになれる、いつの日か。

──デヴィッド・ボウイ「ヒーローズ」

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 お酒といえば相談事。人生から恋までいろいろ。喫茶店で話すより、タバコの煙が立ち込める居酒屋で、4人席よりもカウンターで、隣の人にあまり話を聞かれないように小声で喋りながら。そんなときに飲むビールもうまい。コップでもジョッキでもいい。食べ物はそんなに喉を通らないが、ビールだけは身体に染みこんでいく。女の子から相談されるほうがいい。できれば気になっている人から。そんなときに憧れるセリフが、「もう一軒行こうか」。僕はうまく言えたためしがない。
 そんな僕はエリオット・スミスの「ビトゥイーンズ・ザ・バーズ」という曲が大好きだ。

飲み終わった? 星を見て。
もう一度キッスしてあげる。
次の店に行く前に。

──エリオット・スミス「ビトゥイーンズ・ザ・バーズ」

 映画のワン・シーンのようにも聴こえるけれど、これは「お酒との対話」を描いた歌。ひとりでBARを巡るうち、グラスのほうから「キッスしてあげる」と語りかけてくる。エリオット・スミスは破茶滅茶な人だったから、彼の大好きなBARから最後は出ていけなくなった。彼はいつもBARで曲をつくっていた。きっと人間観察をしていたんだろう。人が好きなのに、あまり人と関わることが嫌だったのだろう。そんな人にとって、BARはとっても魅力的な場所だったのだろう。こんな悲しい人のことを考えるときも、お酒を飲みたくなります。

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 歳をとってくると、なにもかもめんどくさくなります。飲みに誘われても、明日、仕事だし、今日はやめとこうとか思うようになる。
 若い頃は、飲めるんだったらどんなとこでもついていったのに。ちょっとうっとおしい上司に誘われたとしても、「いいすね」とついていった。若い頃はお酒さえあればなんだってできるような気がした。
 そんなことを思い出させてくれる、いや忘れたらダメだと思い出させてくれる曲が、オアシスの「シガレット&アルコール」という曲。

うまくいかなくなっても、 タバコと酒があれば大丈夫。
酒でトップに立った気持ちになれば、
やれるような気になる。

──オアシス「シガレット&アルコール」

 なんだかバカっぽい曲ですけど、元気になれます。このオアシスというバンドは本当にこんな能天気な考えひとつで、小難しいことばかり言っているバンドを蹴散らして、世界一のバンドになったのです。まさにトップになったのです。

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 寒いときも暑いときも、居酒屋で生ビールと焼き鳥と枝豆というのが、僕のセット。
 でも、僕にとって世界一美味しくお酒を飲める場所といえば、イギリスのパブ。アンダーワールドの「ボーン・スリッピー」のこんなフレーズを聴くと、いつもイギリスのパブに行きたくなる。

ラーガー ラーガー ラーガー ラーガー 叫んでる。
ラーガー ラーガー ラーガー ラーガー 叫んでる。

──アンダーワールド「ボーン・スリッピー」

「ラーガー」とはイギリスのビールのこと。「ボーン・スリッピー」のこのフレーズは、イギリスのガラの悪い青年が、夏に遊びに行くスペインの島、イビサで、ビールを注文するシーンを歌っている。僕は上品なので、ちゃんと「1パイントのビールをください」と丁寧に注文します。

 1パイントとは、大体中ジョッキのサイズです。日本の中ジョッキより少し多めの568ml。ちょっと多いような気もするんですが、イギリスで飲むとすごくいいサイズに感じられます。パイント・グラスを手に持って、友だちと立ち話しながら飲むもよし、椅子に座って、チップスをつまみながら飲むのもよし。イギリスはビールの量は多いですけど、チップスは日本のものより小さな小袋に入って売られてます。お酒には完璧なサイズなのです。味も日本にないのがたくさんあります。僕がいちばん好きなのは、「チーズ&オニオン」というフレイバー。どんなお味かというと、日本にはないお味、としか言いようがない。でも、食べてみると癖になります。

 イギリスはご飯がまずいとよく言われましたが、それも昔の話。パブでも美味しいご飯が食べられるようになりました。

 こんなことを書いていたら、やっぱりイギリスのパブに行きたくなった。ボウイやオアシスの曲をかけたくなった。イギリスのパブにはまだジューク・ボックスがあるんですよ。エリオット・スミスの曲をかけたら「誰やこんな暗い曲かけたん」と怒られそうですが。

撮影協力:代々木八幡「アイリッシュパブ タラモア」

SIDE ORDERS :
・David Bowie『Heroes』(1977)
・Elliott Smith『Either / Or』(1997)
・Oasis『Definitely Maybe』(1994)
・Underworld『1992-2002』(2003)

久保憲司Kenji Kubo
1981年に単身渡英し、フォトグラファーとしてのキャリアをスタート。『ロッキング・オン』など国内外の音楽誌を中心に、ロック・フォトグラファー、ロック・ジャーナリストとして精力的に活動中。また、海外から有名DJを数多く招聘するなど、日本のクラブ・ミュージック・シーンの基礎を築くことにも貢献した。著書に『久保憲司写真集 loaded』『ダンス・ドラッグ・ロックンロール ~誰も知らなかった音楽史~』『ダンス・ドラッグ・ロックンロール2 ~"写真で見る"もうひとつの音楽史』、『ザ・ストーン・ローゼズ ロックを変えた1枚のアルバム』などがある。
メルマガ:久保憲司のロック・エンサイクロペディア http://www.targma.jp/rock

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