奈良を拠点に全国を駆け回る若手骨董商、
中上修作によるビギナーのための骨董案内。
ただし買いつけ予算は◯千円。
札束をふりかざすことなく
毎夜の伴侶を射止める秘訣、
滋味深き酒器の愉しみを綴ります。
千円冊の骨董商02 / TEXT+PHOTO:中上修作 ILLUST:元永彩子 / 2014.08.13 京都市中京区「大吉」
とかく敷居が高いと思われがちな骨董の世界。
しかし財布の中身を研ぎすまし(?)あらかじめ「無い袖は振れぬ」状態にしておけば、おのずと度胸の据わった買い物ができるというもの。
ターゲットを「◯千円で買える酒器」に絞り、全国の骨董屋を巡る「落ち穂拾い」のようなこの連載。第2回目は京都の名店「大吉」を訪ねました。
割烹料理から骨董喫茶へ
今回、千円札を握りしめてやってきたのは京都。祇園祭の「コンチキチン」が耳に心地よく響く京のど真ん中、高湿度の快晴という酒器の話を聞くにはもってこいのタイミングだ。御池通りから寺町通りを北上、ほどなく酒器の楼閣が見えてきた。
中上 (ガラガラと引き戸を開けながら)こんにちはー。
杉本 お、まいど。
中上 今日は蒸しますね。冷たいミルクコーヒーください。
杉本 おおきに。
今回のホストは「大吉」の杉本理(すぎもとおさむ)さん。この店は当初、理さんのご両親が営む割烹料理店だったが、お父様である杉本立夫さん(*1)が宗旨替え、平成元年に骨董店へと生まれ変わった。よく慣れた木のカウンターでは喫茶も可能、骨董店が多く立ち並ぶ寺町界隈にあって格別の心地よさを味わえる。骨董の茶碗やグラスでサーブしてくれるのもうれしい。
中上 (店内奥の小上がりに移動しながら)割烹時代の大吉ってどんな感じでした?
杉本 ここは僕の実家なんやけど、まぁ賑やかやったな。板前さんもおったけど、親父も包丁を握ってお客様をお迎えしとったんです。あの人も骨董が好きやから本当は骨董に料理を盛りたかったみたいやけど、まぁ現実的に全部というのは無理やから、墨跡の鑑定とかされてた田山方南(*2)さんの進めもあって古陶磁の写し(作陶)を始めたらしいんですわ。当時は古伊万里なんかは安かったんで、親父の器と骨董を混ぜながら料理をお出ししてたみたいやけど。
中上 へー。
杉本 それこそおもしろい時代やったんで。たとえば八木一夫(*3)さんや黒田辰秋(*4)さんとかが集まってきてて。「俺が持ってる骨董がいちばんや~!」なんていうたりして(笑)。
中上 自分サイコー、という感じですかね? このカウンターが人生の交差点のような(笑)。
杉本 そうそう。ほんま変わった人が多かったみたい。
中上 で、大吉は割烹料理店から骨董店へと生まれ変わるわけですが、当初から喫茶営業も念頭にあったんですか?
杉本 まぁ、内装はそのままなんでカウンターもあるし。親父曰く「喫茶をやったら割烹時代のお客さんも続けてきてくれはる」と考えたらしい。
*2 田山方南(たやまほうなん) 昭和時代の官僚。昭和4年文部省に入り、国宝鑑査官、文化庁主任文化財調査官などを歴任。日本中国の禅僧の墨跡研究で知られる。書跡典籍古文書の文化財調査保存につくした。文化財専門調査会書跡部会長。昭和55年死去。
*3 八木一夫(やぎかずお) 陶芸家。京都市立美術学校を卒業後,沼田一雅主宰の日本陶彫協会に入会。「青年作陶家集団」の創立にも携わる。48年の京展工芸部に《金環》を出品、京都市長賞を受けるも、青年作陶家集団会員間の見解の相違から解散、走泥社を結成する。用途や機能をまったく顧慮しない立体造形をめざした。昭和54年死去。
*4 黒田辰秋(くろだたつあき) 木工・漆芸作家。漆を父に学ぶも漆芸制作の分業制に疑問を抱き、作家として一貫制作を志した。その後柳宗悦らの民藝運動に共鳴、刳物や指物などの木工のほか乾漆や螺鈿などの漆芸を駆使し、独自の作風を確立。昭和43年、皇居新宮殿調度品を制作。日本民芸協会会員。日本工芸会理事。人間国宝。昭和57年死去。
「美意識」を継承をしていくのが僕らの仕事
そんな父親の背中を見て育った理さん。個性的な大人に囲まれながら迎えた思春期は、おもしろそうだけど、ちょっと面倒な気もする。理さんはどんな青春時代を過ごしたのだろうか。
中上 そんな環境の中、理さんも骨董に興味を持ち始めて?
杉本 中学校の頃からアメリカの古着とかヴィンテージに興味あったし、ちょこちょこ買うてたな。僕らの年代は結構そういう人多いんと違う?
中上 そうですよね、僕も中学の頃は古着とかレコード買ってたし。
杉本 僕はずっと京都なんやけど、中学校を卒業してからサンフランシスコの高校と大学に通ってたの。向こうの短大を卒業して「次はなにしようかな」と考えて、服飾が好きやったからアートスクールいこうと思ったんだけど、でも目標に進んでいけばいくほど、自分には才能がないのがわかって(笑)。で、結局アートスクールにはいかず93年に帰国したんやけど、実家の戸を開けたらいつの間にか骨董屋になってた(笑)。えーっ! という感じ。
中上 割烹やめたの知らなかったんだ(笑)。そこで理さんは骨董の深淵に招かれたわけですね。
杉本 昔からお茶を飲むのに使ってた蕎麦猪口を眺めながら「これが日本に200年前からあったんや~」と考えるようになって。それが真剣に骨董と向きあった瞬間だったかな。
中上 昔から「蕎麦猪口は骨董の入り口」っていいますもんね。
杉本 うん、そうね。それからはずっとこの店を手伝ってる。
初見で理さんが骨董店主人と見破る人はいないと思う。骨董店の主人は音楽好きが多いが、理さんはこちらの世界でも筋金入りだ。ブルースなどのルーツ・ミュージックからオルタナ系まで守備範囲は幅広く、帽子の下のモヒカンにも嫌みがない。取材日に着こなしていたのはロサンゼルスのヒップホップ系レーベル=Delicious VINYLのTシャツだ。
中上 理さんが骨董を買うようになってから影響を受けた人っています?
杉本 まぁ、柳宗悦(*5)の蒐(あつ)めたものは言葉がいらんくらい強いよね。僕はあんまり本を読まへんのやけど、柳宗悦が選んだものは著書を読まなくても(魅力が)伝わるというか。お茶道具とかも好きなんやけど「箱書ありき」みたいな風潮には疑問を感じるし、西洋化バンザイ!といってた明治とか大正の頃、誰も顧みなかった民藝(生活工芸)を「アート」として世の中に提示していて。柳という人は改めてすごいな、と。
中上 たしかに大吉の品揃えを拝見すると「民藝が好きなんやな」と感じるんですけど、決してそれだけではないような気もしますが。
杉本 そこが骨董選びのおもしろさとちがう? 確かに民藝運動には影響受けたけど、中学生の頃に買ってたヴィンテージとか音楽とか、いろんな要素が今の品揃えに影響してると思う。あとは骨董雑誌「有楽」(現在は廃刊)の勝見充男(*6)さんの連載も好きやった。勝見さんの選ぶモノは洒落てて、それでいて見所があるというか。まぁ、勝見さんも骨董の先人から受け継いだ「眼」というのがあると思うし。結局は「美意識」を継承をしていくのが僕らの仕事なんやろうね。
*6 勝見充男(かつみみつお) 東京の古美術商「自在屋」主人。西洋骨董屋としてキャリアを積み、古今の東西に拘らず魅力ある品を提案し、オリジナルな楽しみ方を教えてくれる現代の数奇者。酒器選びにも定評がある。『骨董屋の盃手帳』『骨董自在ナリ』など著書も多数。
千円札骨董を楽しむ秘訣、「腐っても鯛」
大吉の店内には骨董や作家の作品が小上がりや壁、棚などにびっしりと展示されている。何度足を運んでも魅力的なものに出会え、骨董ファンはうれしい悲鳴を上げなければならない。対談中も目が泳ぎ、困ってしまった。
中上 理さんはとくに酒器が好きですよね?
杉本 うん。「道具」として気軽に買えて、使えば使うほど味がついてくるしね。
(酒器は)骨董市とかいけば安くておもしろいもんが見つかるし、それこそ上を見ると天井知らずだし。自分の小遣いでいくらでもステップアップしていけるところが魅力やね。
中上 今日は千円札10枚以内で買える酒器を探しにきたんですが(と店内を見渡す)……あ、この唐津の杯いいですね。……う~ん、◯万円か。連載2回目にして禁を破るわけにもいかんしな(笑)。(棚に手を伸ばして)この小さなガラス杯も洒落てますね。
杉本 それはバカラ(*7)。なんにも装飾がないのは珍しいね。
中上 これ、バカラなんですか! 確かに金彩がないのは珍しいですね。でも、前回(大阪「はこ益」)で選んだのもガラスだしな。うーん……(店内ウロウロ)。あれ? この紙包みはなんですか?
杉本 それは今日家から持ってきたやつ。開けていいよ。
中上 お、九谷のルリ(*8)だ。綺麗ですね。
杉本 いいでしょ。やっぱり古い時代のルリは呉須(*9)の色が違うよね。本当なら高いもんやけど、ちょっと瑕がある(と縁を指さす)。
中上 本当だ。いや、この大きさといい筒なりの形といい、冷酒にバッチリですね。瑕といっても薄いニュウ(*10)だし。(結構高そうだな……とドキドキしながら)これはおいくらですか?
杉本 う~ん(腕組みポーズで)……7千円!
中上 (!!)本当ですか??
杉本 瑕があって最後の1個。どうぞ持ってって。
中上 このルリが7千円で買えるなんて! ちょっと目にはわからないほどの瑕だし、これは滅茶苦茶お買い得かも。
杉本 ちょっと安すぎたかな(笑)。
*8 九谷のルリ 肥前、伊万里地方で焼かれた様式の一種。1650年代に加賀の九谷窯で焼かれていた色絵磁器と似ているためにその名がついた、とされている。ルリというのは瑠璃色をした釉薬のことで、時代が古くなるほど渋く深いブルーを纏っている。
*9 呉須(ごす) 陶磁器の絵付けに使用される顔料の一種。顔料はアスポライトという鉱物から採取される。そのままでは黒色だが主原料である酸化コバルトを撹拌し鉄やマンガンなどの不純物が混じることにより青い色が表出する。呉須で描かれた陶磁器を日本では「染付(そめつけ)」、中国では「青花(せいか)」と呼ぶ。
*10 ニュウ 「入」とも書く。陶磁器の製造過程や釉薬と土の収縮率の違い、あるいは外的ショックにより表出する軽度のひび割れのこと。欠けや割れに次ぐ瑕の一種。
どんなに高い骨董でも瑕があると安くなる。つまりは「腐っても鯛」。これも千円札骨董を楽しむための秘訣、といっておこう。瑕があってもレベルの高い骨董を選んでおけば、モノを見極める力が違ってくると思う。つまり、まずは「買ってみる」こと。どんなに骨董が好きでも本を眺めてばかりでは、やはりイケマセン。
晩酌にて
蕎麦切りの名店、奈良の「百夜月」にて、買ったばかりのルリを持参し晩酌。今日は奈良の吟醸酒、神韻(しんいん)をオーダーしましょう。いや、蒸し暑い夜にいただく吟醸酒は、やっぱり硝子か磁器の酒器に限りますね。深い瑠璃色の杯に冷たい吟醸酒を入れると、外側にびっしりと露がつき、とても涼しげ。内側は白磁の色なので微妙な酒の色も映りよく、冷酒のために生まれてきた杯といってもいいくらい。口縁の葉反りは唇に心地よくフィットし、まさしく「酒量を気をつけなければならない杯」の真骨頂。いや、いくらでも呑めます、この杯は。今回もいいお買い物でした。ありがとう! 大吉さん。
大吉
京都市中京区寺町通二条下ル妙満寺前町452
075-231-2446
営業時間 : 12:00~17:00
定休日:月曜日
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